[2]権力が「報道倫理の厳守」を申し渡す倒錯した時代に
2020年11月13日
福島と沖縄――国家の繁栄のために原発と基地という迷惑施設を押しつけられている「苦渋の地」で今、何が起きているのか。政府や行政を監視する役割を担うメディアは、その機能を果たしているのか。権力におもねらない現地在住の2人の新聞記者が「ジャーナリズムの現場」をリレーエッセーで綴ります。
第1回の記事はこちら(↓)
首相会見をこじ開けろ――そして現場の記者たちの連帯が始まった [1]「禁断」の首相会見に潜入、無通告質問
沖縄から来た身には夜の冷え込みがこたえる。3月の福島。民宿の布団にくるまってスマホを眺めていると、ツイッターにダイレクトメールが届いた。朝日新聞記者の三浦英之さんからだ。「明日の会見、出席したらどうです?」。最初は何のことだか分からなかった。
直後、別の記者からもメールが来た。翌日の2020年3月14日、安倍晋三首相が新型コロナウイルス対策について会見を開くのだという。「でも、急に出席と言われても……」。正直に言って気後れした。地方紙、沖縄タイムスの記者で、東京勤務の経験もない私にとって、「官邸での首相会見」というのは全く別世界の行事だった。
ただ、ちょうどその日に帰りの羽田発那覇行き最終便を予約していて、直前の時間帯に首相会見が設定された。こんな偶然は二度とないだろう。それに、同じ年生まれの三浦さんに腰が引けているところを見せるのは格好悪い。「夜の飛行機に間に合うか、そもそも急に入れるか。ちょっと探ってみる」と返す。背中を押され、調べ始めた。
沖縄タイムスは他の多くの地方紙と同様、内閣記者会(官邸記者クラブ)に常駐はしていないが、加盟はしている。記者証がなくても「取材者等届」を官邸に提出すれば首相会見にも出席できることが、当日の朝になって判明した。
ただし、提出方法はこの時代なのにファクスに限定されている。この日は土曜日で、官邸報道室も電話に出ない。届けの書式を他社の記者から入手し、さらに民宿のファクスを借りて、何とか出発時間ぎりぎりに提出することができた。
この間、三浦さんに誘われ、休みを取って、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から9年を迎えた3月11日前後の福島を訪ねていた。滞在最終日の14日は、原発周辺の区間で運行を再開する常磐線の取材。特急一番列車を迎えるセレモニーの会場から、三浦さんにメールを送った。
「首相会見、入る手続きしました。アドバイスありがとう。いろいろ可視化に挑戦します」。三浦さんからはこう返信があった。「うん、できたら質問を」「ここ、勝負どころです。頑張って下さい」。私は「もちろん」と返した。
たどり着いた官邸前はみぞれ模様だった。記者証を持つ同業者は警備の警察官に示して足早に入っていく。私はそれを横目に見ながら門外で沖縄タイムスの社員証を預け、取り次ぎを依頼する。クリアファイルを傘代わりに頭の上にかざし、みぞれをしのぎながら待つこと5分ほど。ようやく通してもらい、金属探知機の検査をくぐって、官邸に足を踏み入れた。
ニュースでよく見かける記者会見室に入る。今さら、「本当に自分でも入れるんだ」という感想を抱く。天井が異様に高い。一方、記者の席は異様に密集している。ゆとりがあるような、ないような、独特な空間。
会見が始まるまで45分ある。人もまばらな記者席を見渡す。前から2列目までは官邸記者クラブに常駐する19社の指定席になっている。一方、フリーランスや独立系メディアの記者は後方の1カ所に固められる。
初対面のあいさつを交わしたジャーナリストの神保哲生さんが苦笑交じりに解説してくれる。「ここに座るでしょ? そうすると官邸職員が名前を聞きに来て、(座席表を書いて)司会に紙で渡す。間違って指名しないようになっている」。安倍政権下の7年間、参加が認められる首相会見には参加し続けてきたが、一度も指名されていないという。
私の席は常駐とフリーの間なら、どこでもいい。気押される思いを振り払い、私に許される最前列である3列目、司会の正面に陣取ることにした。ここなら質問者を指名する時に、私が手を挙げているのが必ず目に入るだろう。
安倍首相がこれから使う演台には職員の男性が立ち、マイクのテストに協力している。「いかがですか、いかがですか? いんちき総理です」。おどける男性は、確かに首相ではない。
ただ、前回2月29日の会見は安倍首相でなくても誰でも、十分務まる内容だった。
冒頭発言として、透明なガラス板状の機器(プロンプター)に表示される原稿を読み上げる。続いてメディアの質問を受けるが、内容は事前に官邸報道室が聞き取っている。手元に用意された紙の原稿に視線を落とし、同じく読み上げる。
この会見は新型コロナ対策として全国の学校に一斉休校を求める重大な内容だったのに、理由も根拠も明示しないまま、36分で終わった。ジャーナリストの江川紹子さんが「まだ質問があります」と声を上げたほかは、記者席から何の異論もなかった。
官邸と記者クラブが台本通りに演じる茶番劇は、「台本営発表」とも「劇団記者クラブ」とも揶揄された。批判は官邸だけでなく、共犯のメディアにも向けられた。
「日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)」などは十分な質疑時間を確保し、フリーランスの記者にも質問権を保障するよう求めるネット署名を始め、1週間で3万筆を集めた。宛先には、安倍首相と同列で各メディアが並んでいた。私は賛同人に名前を連ねたが、同時に宛先の末端構成員でもあった。縄張りを越えて、最高権力者の会見に飛び込む理由があった。
3月14日午後6時。会見室に安倍首相が胸を反らせて入ってくる。菅義偉官房長官ら、居並ぶ高官が頭を垂れる。冒頭発言の原稿朗読が始まった。
私の席からは、安倍首相の顔がちょうどプロンプターの透明板越しに見える。安倍首相は透明板に表示される原稿を凝視している。安倍首相と私の視線は直線上で交わっているが、目は微妙に合っていない。
肝心の内容も空疎だ。言葉が踊るばかりで、具体策がない。初めての首相会見取材だというのに緊張が緩み、意識しないと集中力を維持できない。
官邸報道室は、記者クラブに会見全体の時間を「20分程度」と知らせていた。それを超える21分間、冒頭発言の原稿を一方的に読み続けた。そのこと自体、後に続く質疑の軽視を裏付けている。私は会見のあり方について、心の中で質問を準備した。
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