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縄張りを越えろ――記者とは「野蛮」な稼業のはずだった

[2]権力が「報道倫理の厳守」を申し渡す倒錯した時代に

阿部岳 沖縄タイムス記者

官邸の記者会見室、3列目、司会の正面に陣取る

 たどり着いた官邸前はみぞれ模様だった。記者証を持つ同業者は警備の警察官に示して足早に入っていく。私はそれを横目に見ながら門外で沖縄タイムスの社員証を預け、取り次ぎを依頼する。クリアファイルを傘代わりに頭の上にかざし、みぞれをしのぎながら待つこと5分ほど。ようやく通してもらい、金属探知機の検査をくぐって、官邸に足を踏み入れた。

 ニュースでよく見かける記者会見室に入る。今さら、「本当に自分でも入れるんだ」という感想を抱く。天井が異様に高い。一方、記者の席は異様に密集している。ゆとりがあるような、ないような、独特な空間。

 会見が始まるまで45分ある。人もまばらな記者席を見渡す。前から2列目までは官邸記者クラブに常駐する19社の指定席になっている。一方、フリーランスや独立系メディアの記者は後方の1カ所に固められる。

 初対面のあいさつを交わしたジャーナリストの神保哲生さんが苦笑交じりに解説してくれる。「ここに座るでしょ? そうすると官邸職員が名前を聞きに来て、(座席表を書いて)司会に紙で渡す。間違って指名しないようになっている」。安倍政権下の7年間、参加が認められる首相会見には参加し続けてきたが、一度も指名されていないという。

 私の席は常駐とフリーの間なら、どこでもいい。気押される思いを振り払い、私に許される最前列である3列目、司会の正面に陣取ることにした。ここなら質問者を指名する時に、私が手を挙げているのが必ず目に入るだろう。

 安倍首相がこれから使う演台には職員の男性が立ち、マイクのテストに協力している。「いかがですか、いかがですか? いんちき総理です」。おどける男性は、確かに首相ではない。

 ただ、前回2月29日の会見は安倍首相でなくても誰でも、十分務まる内容だった。

 冒頭発言として、透明なガラス板状の機器(プロンプター)に表示される原稿を読み上げる。続いてメディアの質問を受けるが、内容は事前に官邸報道室が聞き取っている。手元に用意された紙の原稿に視線を落とし、同じく読み上げる。

 この会見は新型コロナ対策として全国の学校に一斉休校を求める重大な内容だったのに、理由も根拠も明示しないまま、36分で終わった。ジャーナリストの江川紹子さんが「まだ質問があります」と声を上げたほかは、記者席から何の異論もなかった。

 官邸と記者クラブが台本通りに演じる茶番劇は、「台本営発表」とも「劇団記者クラブ」とも揶揄された。批判は官邸だけでなく、共犯のメディアにも向けられた。

 「日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)」などは十分な質疑時間を確保し、フリーランスの記者にも質問権を保障するよう求めるネット署名を始め、1週間で3万筆を集めた。宛先には、安倍首相と同列で各メディアが並んでいた。私は賛同人に名前を連ねたが、同時に宛先の末端構成員でもあった。縄張りを越えて、最高権力者の会見に飛び込む理由があった。

安倍首相のオープンな記者会見実施を求める署名簿を内閣官房の職員(右端)に提出する日本マスコミ文化情報労組会議の南彰議長(右から2人目)、上西充子・法政大教授(同3人目)ら=12日午後1時36分、東京・永田町の内閣府前
拡大安倍首相のオープンな記者会見実施を求める署名簿を内閣官房の職員(右端)に提出する日本マスコミ文化情報労組会議の南彰議長(右から2人目)、上西充子・法政大学教授(同3人目)ら=2020年3月12日、東京・永田町の内閣府前

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筆者

阿部岳

阿部岳(あべ・たかし) 沖縄タイムス記者

1974年、東京都生まれ。名護市辺野古の新基地建設や差別の問題を中心に取材する。東村高江のヘリパッド建設を追った『ルポ沖縄 国家の暴力――米軍新基地建設と「高江165日」の真実』(朝日新聞出版)で第6回日隅一雄・情報流通促進賞奨励賞。他の著書に『観光再生――「テロ」からの出発』(沖縄タイムス社)、共著に『沖縄・基地白書――米軍と隣り合う日々』(高文研)

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです