2020年12月02日
日本では、地震が起きると気象庁から緊急地震速報が発せられ、揺れの強さが震度速報の形で報じられる。これを支えているのが地震観測網であり、その計測装置を地震計と呼ぶ。
世界初の地震計は張衡が開発した落球式の地動儀だとされ、西暦138年に中国の洛陽にあった候風地動儀で、千キロ離れた甘粛省朧西の地震を検知したと言われる。
張衡は天文学者であると同時に文学者でもあり、帰田賦に「仲春令月、時和気清」という詩を残している。この詩は、「令和」の出典と言われる万葉集の「初春令月、気淑風和」(大伴旅人)との関わりも指摘されており、令和に生きる私たちにとって、地震との不思議な縁を感じる。
気象庁によると、日本での地震計による地震観測は、1872年にお雇い外国人のフルベッキやクリッピングによって始められたと言う。1873年には函館測候所が地震観測を始め、1875年に内務省地理局で正式に地震観測が始まった。同年には地理局に東京気象台も創設された。
その後、1880年2月に横浜地震が起き、ミルンやユーイングよって地震学会が設立され、さらに、ミルンの提言によって、1884年に東京気象台が「地震報告心得」を制定し、これに基づいて震度観測が始まった。この結果、全国各地の地震動の時刻、性質、体感震度などが郵送で集約されることになった。その後、1891年濃尾地震を受けて、1892年に震災予防調査会が設立され、グレー・ミルン・ユーイング式地震計(普通地震計)が一等・二等測候所に配備されることになった。これ以降、全国を網羅した地震観測が行われるようになった。
地震観測は様々な目的で行われる。一つは、地震学的立場での地震発生のメカニズムや地震波の伝播特性などの解明である。この場合、人工的な振動や表層地盤の影響を避けるため、岩盤などに地震計が設置されることが多い。震源の位置(震央や震源深さ)や地震の規模(マグニチュード)、震源域の広がりや破壊の仕方、震源からの地震波の伝播の仕方などを検討し、震源や地下の構造を明らかにすることを意図している。また、GPSを利用した地殻変動の監視も行われており、微小地震やスロースリップなどの発生を監視することで大地震の発生を予測しようとする試みもある。
二つ目は、地震工学的立場での構造物の耐震設計のための入力地震動の解明である。構造物を破壊する強い揺れの観測が重視されるので強震観測とも呼ばれる。構造物が立地する場所の地盤は千差万別なので、地盤による揺れの増幅特性の違いや液状化などの非線形挙動を明らかにすることが重要となる。このため、様々な地形や地質の地盤地表、地中で観測が行われる。
三つ目は、耐震工学的研究での構造物の振動特性や破壊性状の解明である。構造物にはダム、橋梁、トンネル、堤防、地下埋設物、タンク、建築物、住宅など大きさや高さ、構造の異なる多様な種類がある。そのため、様々な構造物に多数の地震計を設置する必要がある。
四つ目は様々な設備・機器の安全制御である。エレベーターや列車、ガスなどの危険物の危険回避のための緊急停止などに用いられる。このため、制御システムと同期し、確実に作動する必要がある。従来は揺れを検知して制御を行うものだったが、近年は緊急地震速報の活用により揺れる前に制御を行うことも可能になった。
五つ目は、防災行政の危機対応のためで、災害後の初動対応を的確に行うトリガー情報の取得や、被害状況の把握などを目的とする。
最近では、構造物の健康診断のための振動ヘルスモニタリングや、構造物の振動制御のためのモニタリングも行われるようになった。また、スマホや自動車に搭載された加速度計センサーの情報をビッグデータとして活用する試みも始まっている。
現在、様々な目的のために、多くの機関が地震観測を実施しているが、その多くに税金が投入されていることから、これらを相互に活用できる枠組み作りが望まれる。
地震観測の中には、小さな地震を対象とする微小地震観測と、強い揺れの観測を目的とした強震観測がある。微小地震観測は、微小地震の震源の分布や地震活動のモニタリング、地震波の伝播経路や地下構造の解明などに用いられる。一方、構造物の耐震安全性や危機管理を目的とする場合は、強震観測が必要となる。しかし、強い揺れを生じる大地震は滅多に起きないこと、地震観測網の整備には多額の費用がかかることなどから、工学分野では、地震観測に加えて、振動実験や微動観測なども行われる。
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