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英国で接種が始まった新型コロナワクチン。日本への導入は慎重にすべき理由

効果はきわめて限定的。大量廃棄した10年前を思い出せ

岡田幹治 ジャーナリスト

 寒さが強まるとともに新型コロナウイルスの感染者が欧米や日本で増加し、日本でも重症者が増加して医療の逼迫が懸念される日々が続く。そんななか、ワクチンの実用化をめぐる報道が相次ぎ、長引くコロナ禍に悩む人たちの期待を高めている。

 11月20日、米製薬大手のファイザーとドイツのバイオ企業ビオンテックが米食品医薬品局(FDA)に、開発中のワクチンの緊急時の使用許可を申請した。12月10日に審議され、承認されれば直ちに供給が始まる。

 11月30日、米バイオ企業のモデルナが開発中のワクチンの緊急時使用許可をFDAに申請した。12月17日に審議される予定だ。

 12月2日には英国政府がファイザーなどのワクチンの使用を承認。接種が8日から始まった。

 日本政府はファイザーとモデルナのワクチンについて、来年6月末までに大量の供給を受ける契約を結んでおり、来年3月末までには接種を始めたいとしている。

 だが、ファイザーなどの有効性に関する発表を読み解けば、このワクチンの効果はきわめて限定的であることがわかる。約10年前の「新型インフルエンザ・パンデミック(世界的大流行)」では、前のめりにワクチン確保に動いたところ、大量のワクチンが使用されないまま廃棄されたことも忘れてはなるまい。

 ワクチンの導入は慎重のうえにも慎重を期すべきだ。

Kunal Mahto/shutterstock.com

「有効率95%」という数字のマジック

 開発中のワクチンについて、ファイザーは「95%の有効性があった」、モデルナは「有効性は94.1%だった」と発表している。

 こう聞くと、このワクチンを接種した人の94~95%は新型コロナに感染・発症しないと考える人が多いだろう。しかし、それは大きな誤解だ。

 有効性とは、接種した方が接種しなかった方と比べて「どれだけ発症(罹患)を防げたか」を示す数字で、具体的には次のように計算される。

 ファイザーの場合、最終段階の第3相臨床試験(治験)では、4万1000人余りの被験者を2グループに分け、Aグループにはワクチンを、Bグループにはワクチンではなく偽薬(プラセボ)を、それぞれ2回ずつ接種したところ、Aでは8人が発症しただけだったのに対し、Bでは162人が発症した。

 162人と8人の差である154人は「ワクチンを接種していれば発症を防げた可能性がある人」であり、154人は「接種せずに発症した162人」の95%に当たる。これが「95%の有効性」の意味なのだ。

 だが、この計算では、ワクチンを接種しなかったのに発症しなかった人たちが無視されている。A、B両グループの人数は発表されていないが、両者をほぼ半々にするのが普通なので、仮にBグループが2万人だったとすれば、1万9838人(2万人の99.2%)はワクチンを接種しなかったにもかかわらず発症しなかった。ワクチンを接種して恩恵を受けたのは被験者の0.8%ということになる。

 新型コロナは季節性インフルエンザより感染者も死者も少ない感染症だ。日本の場合、一日当たりの新規感染者(PCR検査の陽性者)が2000人を超したと大騒ぎしているが、季節性インフルエンザの感染者はピーク時には一日に10万人にもなることもある。新型コロナの累計感染者は10カ月余りで16万人余りなのに対し、インフルエンザの年間感染者は平均で約1000万人(700万~1500万人)である。

 しかもインフルエンザでは年間に直接死が約3000人、関連死を合わせると約1万人が死亡するのに対し、新型コロナの死亡者はこれまでに約2400人だ。

 このような感染症では大多数の人はワクチンを接種しなくても発症しない。ワクチンの効果はきわめて限定的なのだ。そのことをファイザーやモデルナの発表が示している。

実用化後に重い副作用が見つかることも

 このようなワクチンでは、仮に接種者の1%にでも重い副作用が出れば、ワクチン接種がもたらす恩恵より被害の方が大きくなる。ファイザーもモデルナも「現時点では深刻な副作用は確認されていない」と発表しているが、それは約2万人の接種者を短期間観察した結果にすぎない。

 いまは緊急時ということで、その程度の治験でも承認されるが、重い副作用はワクチンが実用化され、何百万人にも接種されてから判明することが少なくない。しかもファイザーやモデルナのワクチンは従来にない新タイプのもので、予想もしない副作用が起きる可能性があるから、慎重な見極めが必要だ。

 日本は欧米諸国に比べ100万人当たりの感染者数も死者数も桁違いに少なく、ワクチンの必要性は差し迫ったものではない。そうした状況を踏まえて川村孝・京都大学名誉教授は「欧米などの状況をじっくり見極めてから、日本人が打つべきかどうか判断したい」と述べている(「新型コロナウイルス感染症に関する論考(続編)」11月20日、12月1日修正)。

 川村氏は2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)以来、今春まで京都大学で感染症対応の指揮をとってきた疫学(疫病流行学)の専門家だ。こうした専門家の意見に、政府は耳を傾けるべきだ。

 川村氏によれば、新型コロナの感染者がインフルエンザと同じように寒冷期に増加するのは予想されたことだ。新型コロナは3~6月の「第1波」の後、6~7月から「第2波」が始まり、猛暑の影響で8~10月は落ち着いていたが、気温の低下とともに10月末から増加し始めた(川村氏によれば、メディアが「第3波」と呼んでいるのは第2波の延長)。第2波は来年3月ごろまでにいったん収束し、その後は秋からクラスター(感染者集団)が発生しだし、インフルエンザと同じように冬に流行するだろうとみている。

 この見方によれば、政府が輸入ワクチンの接種開始をめざしている来春は、新型コロナの第2波が収束しているころになる。

10年前の新型インフルエンザでは

 前のめりのワクチン確保がワクチンの大量廃棄を生んだのが、2009~10年に起きた「新型インフルエンザ・パンデミック」だ。ここで、その経過を振り返ってみよう。

 09年4月、豚インフルエンザ(後に新型インフルエンザに改称)のヒトへの感染がメキシコと米国で確認され、感染が多くの国へ広がった。当初、致死率が高いと誤って報道されたことが問題を大きくした。

 世界保健機関(WHO)は4月28日に警戒段階を「フェーズ4」(発症が拡大している)に引き上げ、6月11日にはパンデミックを意味する最高段階の「フェーズ6」(世界の2地域以上で爆発的に発症している)に引き上げた。

 警戒段階の判断基準から病原性の強さや致死率の高さを外し、流行の状況だけで判断するように改めたうえでの段階の引き上げだった。

 WHOは新型インフルエンザについて「感染者のほとんどは症状が軽く、治療なしで1週間以内に回復」するとウェブサイトに記載していたが、世界の主要メディアは1918年のスペイン風邪や、2002年のSARSといった深刻な感染症を引き合いに出して恐怖をあおった。

felipe caparros/shutterstock.com

季節性インフルエンザよりはるかに少なかった死者

 WHOのパンデミック宣言を受けて加盟国の政府は新型インフルエンザ用のワクチンと治療薬の確保に動き、英グラクソ・スミスクライン(GSK)をはじめとする巨大製薬企業から高値で購入する契約を結んだ。副作用が発生した場合の損害賠償責任は各国政府が負うという条件付きだった。こうした動きを受けて製薬企業の株価は急騰した。

 WHOは「今は大した症状が出ていないが、近いうちに突然変異して猛威を振るい、世界で20億人が感染し、死者が無数に出る可能性がある」などと発表。米国の疾病対策予防センター(CDC)も「効果のあるワクチンが接種されない限り、今後2年間で数十万人の米国民がインフルエンザで死ぬだろう」との予測を明らかにした。

 しかし、新型インフルエンザは秋になって感染が拡大したものの、翌2010年に入ると季節性インフルエンザと変わらないものになり、WHOは6月に「深刻な時期を脱した」と発表、8月に事実上の終息宣言をした。

 WHOが確認した死者は世界全体で約1万8500人だった。季節性インフルエンザの年間死者は25万~50万人なので、それよりはるかに少なかったわけだ。

 この結果、多くの国では購入契約を結んだワクチンの一部しか使われず。大量のワクチンが廃棄された。たとえばフランス政府は9400万回分のワクチンの購入契約を結んだが、5000万回分をキャンセルし、2500万回分を廃棄したという。同国の新型インフルエンザによる死者は312人だった。その陰で製薬企業は巨額の利益を上げた。

 副作用についてWHOは11年2月、GSK製のワクチンの接種を受けた子どもや若者が「ナルコレプシー」を発症したことが、フィンランドやスウェーデンなど12カ国で報告されていると発表した。

 このワクチンは欧州を中心に47カ国で使われたが、日本では未使用だった。ナルコレプシーは突然睡眠状態に陥る病気で、ワクチンを接種しない人も発症するため、ワクチンが原因かどうかは断定できないとしている。

Blue Planet Studio/shutterstock.com

大量のワクチンを廃棄した日本

 新型インフルエンザに対して日本の政府・自治体はどう動いたか。

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