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DHC吉田会長がヤケクソになる下世話な事情

差別中傷と誹謗のオンパレードの裏にシェアトップからの転落

清義明 ルポライター

 南麻布というと、そのイメージは有栖川宮記念公園や各国の大使館がある瀟洒な高級住宅街ということになるだろう。しかし本当は少し違う。

 南麻布の南端には、渋谷駅前から流れてくる古川がある。首都高速の高架下にひっそりとその姿を垣間見せて、コンクリートの擁壁の中を申し訳なさそうに流れているのが、それだ。渋谷と同じくこのエリアも、明治を過ぎてからも水捌けの悪い湿地であった。

 この水草が生い茂るところに貧しい人が住みついて住処となした。大正になってもそれは変わらず、永井荷風はそんな南麻布の川沿いに暮らす人々の生活ぶりを著書で綴っている。よいことは書いていない。そんなところが昭和にかけて少しずつ、小規模な工場や倉庫が集まってきた。だから、このあたりは「麻布」というイメージとは少し違う下町だ。

 町工場はほうぼうに今でも残っている。三之橋とは、その古川に架けられた橋のひとつ。永井荷風がこの界隈でとりわけ貧しい人が集まっていると書いていたところだ。

 株式会社ディーエイチシー(以下、「DHC」)の本社は、そんな町工場に囲まれた、古川にかかる三の橋の欄干からすぐ目の前にある。公式オンラインショップに、堂々と会長名で常軌を逸したとしか思えない差別文章を公開して批判を浴びながら、それも意に介さず掲載を続け、いま世を騒がせている企業である。

拡大DHC本社=東京都港区

DHC社員に話を聞いてみたが

 もうすぐ昼食になろうとするところで、本社に出入りする社員とおぼしき人に何人か話を聞いてみた。すでにネットでは話題になっているホームページに掲載された問題の文章についてだ。しかし、どの人たちも口は重い。

 それでも食い下がろうとすると「しつこい、忙しい」と怒りだす。すみませんでしたと謝罪して背中を見送った数分後には、弁当を入れたビニール袋を下げて帰ってきた。こちらとは視線を合わさずに、本社入り口のDHCのコーポレートカラーとロゴが入った大きな玄関マットの上を通り抜けてロビーに入っていった。

 もうひとりの男性は、この季節にコートも着ずに手にはバッグもなく、ふらりとロビーから出てくるため、社員だろうと声をかけてみると、こちらを睨むようにして「違う」と否定する。そんなことはないだろうと、同じ質問をしてみると「違うといったら違うんだよ」と声を荒げる。やはりこの人も、すぐに帰ってきて社内に入っていった。手にはやはり弁当の袋だ。

 女性の方々は男性よりずっと多い。もちろん化粧品も扱う企業であるから当たり前だろう。だが、彼女たちはこちらの質問にはもっと押し黙ってしまう。さすがに私もそれ以上は聞けなかった。

 DHCの通販ホームページに小さなバナーが出ているのが、ネットで話題になったのはつい先日だ。

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筆者

清義明

清義明(せい・よしあき) ルポライター

1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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