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「密」な初詣はいつ生まれたのか/上

江戸時代の正月参りは「初詣」ではなかった

平山昇 神奈川大学准教授

ラジオと鉄道が生んだ近代の「初詣」

――初日の出を拝むというのは、前日の晩からお参りするわけですか。古くは、一家の家長が氏神を祀る神社にこもって歳神様をお迎えする「年ごもり」という習慣もあったようですが。

平山 この場合は出かけるのは朝からでしょう。大晦日は非常に忙しい日だったんです。これは高度成長期前まではある程度そうだったわけですが、江戸みたいな商売人の多い町では、大晦日の晩は節季払いの回収で除夜の鐘を聞くどころではありませんでした。仕事をしているうちに「いつのまにか年が明けていた」なんていう場合も多かったようで、だから元日は寝正月ということになる。戦前の新聞で三が日の初詣を調べてみると、元日よりも2日が参詣者数が多いというケースがしばしばあるんです。元日はもうヘトヘトで家に帰ってバタンキューなんですね。

――よく落語でも聞く話ですね。たしかに昔は真夜中に出歩くこともなかったでしょうし。

平山 大多数の人にとっては、朝、日が昇ってからが「正月」でした。大晦日の夜からお参りに出かけるようになったのは関東も関西も、鉄道の終夜運転がきっかけです。

 関東では成田山参詣客を奪い合う京成と国鉄の競争が引き金を

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筆者

平山昇

平山昇(ひらやま・のぼる) 神奈川大学准教授

1977年長崎県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。立教大学兼任講師、九州産業大学地域共創学部観光学科准教授などを経て神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科准教授。著書に『初詣の社会史 鉄道と娯楽が生んだナショナリズム』(東京大学出版会、第42回交通図書賞受賞)、『鉄道が変えた社寺参詣』(交通新聞社新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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