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記者クラブが「ジャーナリズムのネットワーク化」を阻み、マスコミ経営を圧迫している

独立した個人を基点とする世界のジャーナリズムのネットワーク化に乗り遅れるな

小田光康 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

 先日、取材報道の自由を巡る問題を取材するため、大学生が司法記者クラブに対して記者会見出席を申請した。するとクラブ側が、「学生であること」と「取材報道を業としていないこと」、「メディアに所属していないこと」などの理由を挙げて当初、申請を却下した。擦った揉んだの挙句、結局はその参加を認められたが、これについて触れるつもりはなく、本稿ではジャーナリズムのネットワーク化とその合わせ鏡の関係にあるマスコミの記事自前主義という観点から、記者クラブの問題点を論じていきたい。

ジャーナリズム活動と大学とメディアのネットワーク化

 筆者は明治大学情報コミュニケーション学部でジャーナリズム・メディア教育を専門としている教員である。筆者のゼミナールでは米五輪専門メディア「Around The Rings(ATR)」と協働し、ゼミの学生がATR記者として記者クラブが主催する東京都知事や文部科学相らの記者会見を取材し、五輪関連の日本語の記事、時に英語の記事を発表してきた。

新型コロナウイルス対策について緊急記者会見する東京都の小池百合子知事ら=2020年3月25日、東京都庁

 一部のゼミ学生はATR記者としてリオデジャネイロや平昌の五輪大会、札幌とジャカルタのアジア大会の取材実績や、スイス・ローザンヌの国際オリンピック委員会(IOC)本部での研修実績がある。またジョン・コーツIOC副会長の単独取材などをものにしてきた。

 このように大学とメディアが垣根を越えてネットワーク化することで、ジャーナリズム活動が学生とプロのジャーナリストの相互交流が可能な時代になった。

 取材報道の自由は憲法第21条で定められる表現の自由の一部であり、国民の基本的人権である。当たり前のことだが、取材報道の自由は記者クラブに所属するマスコミ社員記者のみに与えられたものではない。フリーランスであれ、学生であれ、取材報道の自由を謳歌する権利がある。

 今回の記者クラブの一件はATRと無関係だが、少なくとも学生であることや、取材報道を業としていないことが記者クラブでの記者会見への参加を拒否する条件とはならない。

デジタル・トランスフォーメーションとネットワーク化

 ジャーナリズムのネットワーク化とは単にインターネットやパソコンを駆使した取材編集やその体制ではなく、マスコミ組織内部の知識やノウハウを外部と共有しつつ、費用対効果の最適解に引き出すネットワークをベースにしたジャーナリズムの生産様式のことだ。これが欧米を中心に広がっている。

 ある産業の生産様式がパレート最適でなくとも、その国・地域に特異的な生産様式を受け入れざるを得ないことが、経済学の比較制度分析で証明されている。自前主義が尊ばれ、個人主義が疎まれる生産様式は現在でも機械工業を主体とした日本の産業界全体に拡がる。本来、個人のプロフェッショナルな活動が主体となるマスコミ組織だが、日本ではその生産様式も極めて機械工業的であることからもうかがえる。

 組織内でのコーディネーションが重視され、これが日本の競争優位を支えてきたのは確かだ。しかし、現代では通用しない。米国のIT産業が強力な競争優位を築いた背景には、その先端的な技術開発力だけでなく、部署や個人といった小単位が組織と国境を越えてネットワークを構築し、部品調達や生産工程を最適化したことにある。

 この動きが米国内ではIT産業に留まらずマスコミ産業を含め全体的に拡がっている。これがいわゆるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の潮流だ。

Blue Planet Studio/Shutterstock

諸外国のジャーナリズムの現況

 筆者が昨年、フランス・パリで開かれた世界ジャーナリズム教育評議会(WJEC)の学会に参加したときのことだ。大会テーマは「破壊的な時代のジャーナリズム教育」。つまり、マスコミ産業が崩壊する中、次世代ジャーナリスト養成の大学教育を考えるという趣旨だった。この核心部はネットワーク化と起業化にあった。これについてみていこう。

 米国ではすでにポスト・マスメディア時代に突入した。そこでは起業家ジャーナリスト養成やマスコミ企業と大学やNGOとの協働、そしてジャーナリズム界のDXが実践あるいは研究され、その一部が大学でカリキュラム化されている。

 一方のヨーロッパでは欧州高等教育圏を創造するボローニャ・プロセスが進められ、ジャーナリスト養成やジャーナリズム活動のEUを中心としたネットワーク化の構築を目指している。さらにこの動きが発展途上国や新興民主化国にまで拡がりつつある。

 ここでは独立した個人を基点としているのが特徴だ。個人がジャーナリズム活動のTPOに従ってマスコミ企業といった組織の壁を乗り越えて行き来し、時に起業をしてフリーランスやブロガーとして活躍することが求められる。この中で新参者のジャーナリストの活躍の場が提供される。

 当然、マスコミ企業もこれらの障壁を取り払い、記事の質の向上を図るほか、革新的デジタル技術の早期導入、多様性と国際性を担保することで、生き残りを賭けている。つまり、個人のジャーナリストが様々な組織間をネットワーク化させることで、その労働市場に劇的な新陳代謝を促しているのだ。

記者クラブが労働生産性と機会費用の不利益を生み出す

 筆者の考える記者クラブ問題とは、ジャーナリズム活動のネットワーク化を阻止し、結果的にマスコミ企業とその社員記者に労働生産性と機会費用という点での不利益をもたらしていることだ。

 マスコミ企業は経営改善策として人件費削減を打ち出すが、実際には労働生産性の向上が問題だ。これを拒んでいるの大きな原因が記者クラブといえる。

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