ジャーナリストとは何かを教えられた中日新聞の宇治敏彦さん
2020年12月29日
「政治の劣化」が言われるなか、2020年はメディアの取材慣例にも批判が集まった一年でもあった。
たとえばフリージャーナリストの江川紹子氏が、「まだ聞きたいことがあります」と声を上げた直後に終了した2月29日の安倍晋三首相会見。官邸による事前通告・一問一答ルールを許してきた、内閣記者会が批判のやり玉にあげられた。
東京高検の黒川弘務・前検事長がコロナ感染拡大による緊急事態宣言中の5月1日と13日、産経新聞記者や朝日新聞社員と賭け麻雀。3年前から続けていたことが発覚したが、産経と朝日の対応に自己批判や自浄作用が欠如しているとの非難が多く寄せられた。
菅義偉首相が10月3日に開催したパンケーキ朝食会(「パンケーキ懇」)。大手新聞・通信社・テレビの番記者や幹部が首相を囲む「オフレコ懇談」は、もはや大手メディアと権力の癒着の象徴である。
批判するのは、フリージャーナリストや雑誌、ネットメディアだけではない。SNS上の一般の声の厳しさはそれ以上だ。大手メディアの「内輪の論理」は成り立たなくなっている。では、記者とはどうあるべきなのか。
それを考えるために、ある一人の記者の軌跡をたどってみたい。
12月11日は宇治敏彦さんの一周忌だった。享年82歳。中日新聞社相談役で、専務・東京本社代表だった方だ。10年間の短い付き合いだが、私が唯一尊敬する人物であり、政治の見方を教えてくださった師である。
宇治さんは華々しい役職を歴任したが、彼から肩書き自慢を聞いたことはない。田中角栄首相や鈴木善幸首相の政策ブレーンだったが、1973~74年にかけて田中内閣の政策を手がけた事実を初めて明かしたのは、2013年に著した『実写1955年体制』の中でだ。
自民党では宏池会担当が長かった宇治さんは、田中派担当の同僚に配慮されたのだろう。約40年たって、ようやく事実を書き残そうとした。
ところが、『実写1955年体制』刊行後、田中派を担当していた先輩から、怒りの電話がかかってきたという。お互い、現役の記者を退いてから何十年もたつというのに、元同僚は骨の髄まで派閥記者のままだった。宇治さんはあきれていた。
これは、いわゆる「お付き合い出版」で、業務として評価しないと上司から言われながらの企画だったが、インタビューから文字おこし、編集を手がけた労作ということもあり、いわゆる“書評工作”も孤軍奮闘したものだ。
そうした折、同僚からお名前を聞き、見ず知らずの東京新聞論説委員である宇治さんに、本と手紙を送って書評をお願いしたのだ。
宇治さんは、『心の一燈』を社説で取り上げてくれた。そして、「自伝を出したいと思っているので手伝ってほしい」と頼まれた。それから2年、上司の目をかすめて定期的に日本記者クラブ(宇治さんの事務所があった)へ通い、宇治さんの原稿を読んで助言したり、彼の手持ちの資料を整理する作業を進めた。
上司によって却下された『実写1955年体制』の企画は、詳細はいえないが「だまし討ち」の形で社内を通したので、会長と社長から直々に怒られた。通ったものはしょうがないので、企画は他の編集者が担当することとされ、私は編集と関係ない部署に異動となる。宇治さんはこのことを知らない。
宇治さんほど、政治にさめていた記者はいない。大学時代から版画を彫っていたことと、関係しているかもしれない。世界的に知られる版画家である棟方志功氏に認められるほどの才能を持ち、文化部記者を志して東京新聞社に入ったが、2年目にしてスクープをものして本社政治部に配属。本人はそれを不本意に感じていた。
宇治さんが好んだ言葉は世阿弥の「離見の見」だ。踊りながら同時に踊る自分の姿を客観的に見るという意味で、「政治家との緊張関係を忘れた派閥記者は、派閥記者である以前に新聞記者でなくなっている」が持論だった。
宇治さんいわく、権力者には「自分を批判する新聞は嫌いだが、自分と仲良しの新聞記者は決して嫌いではない」者が多い。自民党副総裁だった金丸信氏のように、派閥担当記者を私兵かスパイのように使おうとする人間もいたという。記者のほうにも、「俺こそが〇〇に一番食い込んでいる」と、会見よりも政治家と二人きりで会うことを重視する者がいる。宇治さんは、そうした記者に「ミニ政治家気取り」と批判的だった。
実際、政治家との関係を利用して、社内で出世して役員にまでのぼりつめる記者もいるし、政治家や評論家に転じる記者も多い。宇治さんも、鈴木善幸首相から秘書になるよう誘われたが断った。それでも、鈴木首相から頼まれて助言することは多かったが、批判記事も書いている。
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