メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

阪神・淡路大震災と観測点の急増

 まさにこのタイミングで阪神・淡路大震災が発生した。地震は、1995年1月17日5時46分に起きたが、最初に震度速報が発表されたのは6時4分だった。速報に要する時間が今とは大きく異なることに気づく。

 この時点では神戸と洲本の震度は入電されておらず最大震度は5(京都、彦根、豊岡)だった。その後、神戸海洋気象台から大阪管区気象台に無線電話で緊急連絡が入り、6時18分に神戸の震度6が追加され、さらに7時29分に洲本の震度6が追加された。震度7が発表されたのは、地震機動観測班による現地調査の中間報告が行われた1月20日であった。

 震度6の情報が入電されず、震度7の発表に3日を要するなど、激震地域の情報が早期に把握できなかったことは、初動対応を遅滞させ、震度速報の即時性が課題となった。また、震度5、6の中でも被害程度に幅があることから、震度の細分化の必要性も指摘された。

 この反省の下、震度7の計測化と震度5と6の二分化が行われ、

・・・ログインして読む
(残り:約2427文字/本文:約4490文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

福和伸夫の記事

もっと見る