メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

コロナ禍による困窮者急増があらわにした「公助」が貧弱な日本の実態

貸付が中心の政府の対応には限界。生活保護の利用も増えず。国は手厚い支援に乗り出せ

岡田幹治 ジャーナリスト

SOSは多種多様な人から

 この活動に参加している作家の雨宮処凛(かりん)氏によれば、SOSを寄せる人たちは多種多様だ(「国から『誰一人、困窮では死なせない』というメッセージを」HUFFPOST 2020年12月23日など)。

 たとえば40代の男性Bさんは、20年ほど前の就職氷河期に社会に出た。正規雇用の道がなく、派遣の仕事に就いて以来、そこから抜け出せない。安い給料では民間のアパートに入ることも貯金もできず、派遣期間が切れても十分な求職活動をする余裕がない。このため「寮つき・日払い」の職を続けることになり、全国各地の工場を転々としてきた。

 そんな生活を20年間続けてきたBさんは、コロナ禍で路上生活者になり、緊急アクションの支援で生活保護を申請し、自転車操業のような生活から脱出できた。これが「自助」を尽くした結果だ。

 こんなSOSもあった。「息子と暮らしているが、2人とも仕事がなくなり、現金も尽き、わずかな米と漬物しかなくなった」(高齢の女性)。「仕事がなく、派遣会社の寮で待機を命じられたが、所持金も食料も尽き、10日以上ほぼ水だけで過ごした」(40代の男性)。「餓死か、自殺か、ホームレスか、刑務所か、迷いました」という人もいれば、ネットカフェで寝泊まりする生活を10年以上続けてきた人もいる。

 職種も様々だ。製造派遣、警備、食品工場、居酒屋、コールセンター、風俗などなど。内定を取り消された若者、テレビ番組でAD(アシスタント・ディレクター)の仕事をしていた人もいる。

 女性からのSOSも多い。飲食店や宿泊、小売、風俗、キャバクラ、ヨガやジムのインストラクターなど職種は幅広かった。

 外国人も大打撃を受けている。とくに技能実習生や留学生の困窮が深刻だ。仕事がなくなった人。帰国したいのにできない人。飛行機のチケット代や帰国までの生活費を稼ぎたいのに、ビザが切れて働けない人も少なくない。

 これまで、そんな一人一人の働きがこの社会を支え、私たちの「便利」を作ってくれていたのだが……。

拡大困窮者支援の相談会には長い列ができていた=2020年12月31日、東京都豊島区の東池袋中央公園

雇用の調整弁としてまず切られる

 やはり困窮者支援に取り組んでいる「認定NPO法人もやい」は、昨年4月から緊急体制をとっている。相談業務を充実させ、毎週土曜日に東京・新宿の都庁下で食料品配布と相談会を続けている。

 大西連・理事長によれば、寄せられる相談は例年の1.5倍、食料品配布に訪れる人は毎回150人を下回ることはなく、例年の2倍だ(安藤道人・大西連「コロナ禍で生活困窮者への家賃補助と現金貸付が急増」2020年9月13日noteなど)

 日雇い、週払いの仕事、派遣、契約社員、パート、アルバイトなど不安定な働き方をしていた人が圧倒的に多い。請負やフリーランス、業務委託など個人事業主として働いていた人からの相談も多い。

 リーマン・ショック後(2008年秋以降)は単身男性からの相談が中心だったが、今回は女性も多く、非正規全般に影響が及んでいる。

 コロナ禍前は月収20万円前後あり、裕福ではないが、たまには友人と食事をしたり旅行に行ったりしていた人が、急な失業や収入源で途方に暮れる。そんな人が何人もいた。

 この国では、働く人の38%が非正規雇用で、その平均年収は179万円だ(2018年、国税庁発表)。なかでも女性は154万円にすぎない。

 これでは貯金も難しく、単身所帯の38%が貯蓄ゼロである(金融広報中央委員会の2019年調査)。

 そして、非正規の人は雇用の調整弁としてまず切られる。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

岡田幹治

岡田幹治(おかだ・もとはる) ジャーナリスト

1940年、新潟県高田市(現・上越市)生まれ。一橋大学社会学部卒業。朝日新聞社でワシントン特派員、論説委員などを務めて定年退社。『週刊金曜日』編集長の後、フリーに。近著に『香害 そのニオイから身を守るには』(金曜日)、『ミツバチ大量死は警告する』(集英社新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

岡田幹治の記事

もっと見る