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新聞社は消えても、取材のノウハウを残せ!

取材手法を市民と共有する仕組みをつくろう

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

新聞社とともに取材・報道ノウハウを失って良いのか

 戦後長らく、「新聞は社会の公器」と言われ、新聞メディアが報道界の中心にあった。この言葉自体は、新聞が戦時の総力戦で翼賛体制の一翼を担うようになった際に盛んに使用されたらしいが、戦後も「社会の公器」としての役割を担ってきたことに異論はあるまい。

 この場合の公器とは、新聞「社」ではなく、「紙」に印刷された取材の結果を指す。取材の結果が社会の公器であるならば、取材のノウハウや知恵の蓄積なども当然、社会の共有物としての性格を帯びているはずだ。

 他の企業と同様、日本の新聞社も終身雇用制の下にあった。最近は人材の流動化も進んできたが、基本的に朝日新聞の記者はずっと朝日の記者であり、毎日新聞の記者はずっと毎日の記者だった。それに伴い、取材のノウハウや知恵の蓄積はそれぞれの新聞社内に閉じ込められ、他社と共有される機会も決して多くなかった。せいぜい、新聞協会や新聞労連などが主催する研修会やイベントで、難しい取材の成功譚が披露される程度だったと思う。

 仮に、である。新聞社の経営が行き詰まったり、さらなる合理化で記者の数が減少を続けたりしたら、どうなるのか。それはつまるところ、新聞社の衰退や記者の離職などと共に、公共的な性格を持つ取材・報道ノウハウの多くが社会から消えてしまいかねないことを意味する。何をどう取材し、どのように伝えるか。その公共的な財産も失ってよいはずはない。

 したがって、新聞の衰退がさらに加速している今こそ、取材ノウハウの共有を進める必要があるだろう。

記者たちの取材ノウハウ共有の試み

 筆者はかつて、日本ジャーナリスト会議(JCJ)やアジア記者クラブ(APC)などの協力を得ながら「調査報道セミナー」という催しを主宰していたことがある。新聞記者時代に調査報道にのめり込んだ筆者は、他者がどのような取材を実行しているのか、それをどうしても知りたくなり、せっかくなら大勢の記者たちと一緒に優れた取材のノウハウを聴き、議論しようと思ったからだ。

 初回は2012年3月。東京や京都など場所を変えながら、2016年まで計7回開催した。毎回、50人前後の参加者があり、原発問題や政治資金、過疎化の問題など幅広い分野での取材ノウハウを共有してきた。

拡大「調査報道セミナー 2013 冬 in 京都」。マイクを握るのは京都新聞の大西祐資記者(現・京都新聞取締役)。この日は福井新聞の記者も登壇するなど、セミナーでは地方紙の調査報道も積極的に取り上げた=2013年2月16日、京都駅前の京都キャンパスプラザ

 もちろん、同様の試みは他にもある。活動領域の幅広さで言えば、NPO法人・報道実務家フォーラムが一番手だろう。新型コロナウィルスの影響で2020年はオンライン開催だったものの、それまでは早稲田大学を会場として多種多様な講座を実施し、取材ノウハウの共有を進めてきた。参加者には、現場の最前線で仕事する若い記者やディレクターが多い。

 社団法人・日本記者クラブも「記者ゼミ」を毎月1回程度の割合で開いている。「調査報道」と「IT」の2講座に分かれ、それぞれの優れた事例を共有する試みだ。内容も非常に濃い(ただし、原則として日本記者クラブ加盟社の構成員でないと参加できない)。このほか、JCJや新聞労連なども随時、似たような場を設けている。

 取材者と法曹界の関係者による「ほんとうの裁判公開プロジェクト」という集まりもある。第三者である記者や研究者らが裁判記録を閲覧するには、どうすればいいのか。その法的問題や実践的な手法を毎月の勉強会で積み重ねてきた。同プロジェクトは2020年末、『記者のための裁判記録閲覧ハンドブック』(公益財団法人・新聞通信調査会刊)を一般向けに出版した。執筆者は、会社の枠を超えた多彩な顔ぶれだ。取材ノウハウを広く共有する書物としては、画期的な1冊と言ってよい。

拡大『記者のための裁判記録閲覧ハンドブック』。コンパクトな作りの中に実践例が詰まっている

 取材手法の共有は、劣化の際立つ取材力の維持と向上に一定程度、寄与することは間違いないであろう。人材の流動も少なく、会社間の壁が分厚かった報道界において、その壁を乗り越える道にも通じる。

 ただし、これらの試みは基本、参加者が「記者」「新聞社員」などに限られている。つまり、報道界の内側に向けての試みである。果たして、それだけでよいのだろうか。「取材のプロ」同士での共有は、新聞の衰退に追いつくのだろうか。

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筆者

高田昌幸

高田昌幸(たかだ・まさゆき) 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

1960年生まれ。ジャーナリスト。東京都市大学メディア情報学部教授(ジャーナリズム論/調査報道論)。北海道新聞記者時代の2004年、北海道警察裏金問題の取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。著書・編著に『真実 新聞が警察に跪いた日』『権力VS調査報道』『権力に迫る調査報道』『メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層』など。2019年4月より報道倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の委員を務める。

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