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井岡一翔はタトゥーではなく、ボクシングで語るのだ

真の王者を目指す誇り高きボクサーを見て思うこと

渋谷淳 スポーツライター

 プロボクシングの世界チャンピオン、井岡一翔を巡る騒動が続いている。ことの発端は昨年の大みそかに開催されたWBO(世界ボクシング機構)世界スーパー・フライ級タイトルマッチ、チャンピオンの井岡が挑戦者の田中恒成に8回TKO勝ちした試合である。

 この試合は日本人初の世界4階級制覇王者である31歳の井岡に、若くして3階級制覇を達成した25歳の田中が世界最速の4階級制覇をかけて挑戦するというもの。戦前の予想が真っ二つに分かれるボクシングファン垂涎の好カードだった。

 試合は蓋を開けてみれば井岡が貫禄を見せつけて田中を寄せ付けなかった。予想以上の大差をつけた井岡の株はますます上がった。そのパフォーマンスは日本のファンをうならせただけでなく、海外のメディアでも評判になった。アメリカの老舗ボクシング誌「ザ・リング」が全階級を通じて順位付けするパウンド・フォー・パウンド・ランキングで井岡を10位にランクしたのはその象徴であろう。


田中恒成(左)からダウンを奪う井岡一翔20201231
田中恒成(左)との大晦日決戦に勝利した井岡一翔。この左腕から肩にかけてのタトゥーが騒動になった=2020年12月31日

 しかし、終わってみれば待っていたのはタトゥーを巡る騒動である。井岡が二の腕から肩にかけて彫ったタトゥーがテレビを通じて全国に発信され、「けしからん」という抗議の声が国内ボクシングを統括する日本ボクシングコミッション(JBC)に数多く届いたのだ。

 これに反発するかのようにSNS上では「タトゥーを禁止するのは馬鹿げている。時代遅れだ」という声が沸き起こる。ネット上でも井岡のタトゥーに関する賛否両論の記事があふれ、ある種の混乱状態に陥った。

タトゥーの議論がしっくりこない理由

2度目の防衛に成功し、子どもと笑顔を見せる井岡一翔20201231「格の違いを見せる」という戦前の発言通り、会心の試合だった=2020年12月31日

 入れ墨を毛嫌いする人はいるし、タトゥーを愛している人もいる。どう考えようと、どんな意見を言おうと個人の自由だ。JBCは「入れ墨など観客に不快の念を与える風体の者は試合に出場することができない」とルールで定めている。入れ墨を入れていること自体は問題視しないが、試合をするときはそれを隠さなければならないというルールで、井岡がこれに違反したのは確かだ。「ルールは守らなければならない」という指摘は正論だろう。

 また、外国人選手にこのルールは適用されないため、「外国人選手はよくて日本人がダメなのはおかしい」とルールの矛盾を指摘する意見もあった。JBCは文化の違いをその理由に上げるものの、説得力はいまひとつ乏しい。

 さまざまな意見があり、それぞれの立場がある。どれもそれなりに理解はできる。それでもなお、どこかしっくりこない感じがしてならない。なぜだろう? おそらくこうした議論が井岡の心から大きく離れているように思えるからだ。

 では、当の井岡はどう考えているのだろうか。それは

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