米国の情報アクセス実態と記者クラブ不要論
2021年01月28日
過日、ある大学教員がこう話しかけてきた。「日本の記者クラブって閉鎖的でけしからん。取材が自由な海外ではあり得ない。日本のマスコミの因習そのものだ」。だが、記者クラブの取材経験が無い彼が言わんとすることが釈然としなかった。
大学で実務経験の無い教員が「マスコミ論」などの講義で、記者クラブの実態を知らず批判を繰り広げることも少なからずある。これらに尾ひれが付いて若い世代に「マスゴミ論」となって流布されることも、また問題なのである。
確かに国内の記者クラブが様々な問題を抱えることは確かだ。一般的に官邸や警視庁、東京地検特捜部など権力に近い記者クラブほど閉鎖的だ。
一方で、開放的な記者クラブはいくつもあるし、そこでの取材の後押しをしてくれる場合もある。記者クラブの問題は多岐にわたり、これらを十把一絡げに論ずるのは的外れであるし、問題の本質を見誤る。
日本と比べて欧米諸国では取材活動がとてもしやすく、記者クラブなど存在しないという「都市伝説」がある。欧米でも記者クラブとは別に情報へのアクセスに障壁があることなどいくらでもあるし、サロン文化に根付いた「目に見えない記者クラブ」が無数にある。これらは日本の記者クラブとは異なり、組織そのものが流動的であり、実態がよく掴めない。中には日本の記者クラブより一層保守的で排他的、秘密結社的なものもある。
日本の記者クラブは実際に閉鎖的なのか。本稿では筆者の国内外での取材申請や記者クラブ入会手続きなどの経験を踏まえて日本の記者クラブ問題に関し、四回に分けて批判的に検討していきたい。初回は米国の情報アクセス実態と記者クラブ不要論、二回は欧米の「見えない記者クラブ」の真相、三回は外圧に屈した日本の記者クラブ、そして四回が記者クラブの現在進行形としたい。
まず、米国での情報アクセスの問題について触れよう。米国など欧米先進国では取材報道活動に容易に参入できると語られることが多い。だが、実際には情報へのアクセスという面では日本の記者クラブ同様の難しさがある。
筆者は1990年代前半に共同通信の米国アトランタ支局で五輪関連イベントのほか、ジョージア州議会や連邦政府要人などの取材のための記者証発行や取材先へのメディア登録、記者会見出席の申請などを数多くこなした。この支局は1996年アトランタ五輪のための期間限定で臨時に開設した支局だったので、これら申請の前例や引き継ぎなどなく、すべて最初からやる必要があった。
通常、引き継ぎで米国に派遣されてくる日本のマスコミの「特派員」や「支局長」は申請業務のような雑用を担当する機会は限定的で、この実態を知るものはそう多くないだろう。筆者は中途の現地採用だったので、こうした業務をほとんどすべて担当した。これら申請業務は国内の記者クラブの手続き的な問題と大差はなく、複雑で面倒である場合がある。分からなくなると前の職場の弁護士に助けてもらったりもした。
ジョージア州議会のメディア登録と記者証の申請を例に取ろう。これらの申請では、申請書のほか、身分証明書、ビザ、社会保障番号、所属メディアの案内冊子、所属メディア責任者からの照会書、署名入り記事5本など多数の書類が求められ、州議会事務官との面接審査を経る必要があった。面接まで課すのは筆者が経験した日本の気象庁記者クラブなどの入会手続きと同様だ。
ニューヨークやワシントンDC、ロサンゼルスならいざ知らず、米国南部の片田舎で日本のメディアなど知る人はほとんどいない。この面接で最も面倒だったのがメディア自体を認知してもらうことだった。これを首尾良く説明できないと、許可を受けるまでたどり着けない可能性がある。
面接担当官に「Kyodo (共同)News」と説明すると「Oh, I know Kyoto (京都)News」とおかしな誤解をされたりもした。このためか、共同通信の名刺には「Japan’s representative news agency」と印刷されていた。メディア自体の説明は、五輪組織委や街角の取材でもたびたび直面した。
また、面接は無くとも各種団体などへの記者証申請や要人の記者会見出席申請では同等の手続きが求められた。取材先によって毎回異なった方法や内容で申請し、取材案内をしてくれるPR会社などにもくまなく連絡をとった。
さらに、要人取材の場合は特にセキュリティ・チェックが厳しい。取材会場での身体と荷物の検査はもちろんのこと、事前に身分証明書を提出させられる場合もあった。ただ、これら手続の厳格さは先例の有無によって異なる場合もあった。これのプロセスは1週間程度で、却下されたことはなかった。
このように、米国では一定の取材のスタート地点にたどり着くまで、メディアと記者自身の情報開示とその説明責任、そしてセキュリティ・チェックが強く求められる。記者と名乗ったらすぐにどこでも取材ができるわけではない。特に、その土地の新参者に対しては厳しいチェックがあることが多い。
ちなみに、日本国内でも大手マスコミのような大看板の無いフリーランスなどの記者はこうした面倒な手続きが毎回必要だが、記者クラブに所属していればかなり軽減される。
では、これらを日本の記者クラブの入会審査と比較した場合、どうであろう。
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