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「米海兵隊と自衛隊の極秘合意」をスクープした沖縄タイムスと共同通信の合同取材

権力監視型調査報道の画期的な第一歩

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

 沖縄県の地方紙・沖縄タイムスに1月25日、「辺野古新基地に自衛隊を常駐 海兵隊と自衛隊のトップが極秘合意」という記事が掲載された。内容の衝撃度もさることながら、この記事の驚きは共同通信社とその加盟社である地方紙が合同で権力監視型の調査報道に取り組んだことにある。調査報道を進めるにあたって、業態や企業の枠を超えた連携は近年、少しずつ進みつつある。2021年はその飛躍の年になるか。

土砂投入から2年を迎える辺野古沖。キャンプ・シュワブ南側の青緑色の1区画(中央)では投入が完了。写真右側の海域では軟弱地盤が見つかっている=2020年12月11日、沖縄県名護市

お互いの長所をいかす

 沖縄タイムスと共同通信によるこの調査報道記事は、2015年の段階で陸上自衛隊の離島防衛部隊「水陸機動団」を新基地に常駐させることを在日米海兵隊の司令官と陸幕長が極秘裏に合意していた、という内容だ。新基地は米軍用であると日本政府は説明してきたが、実際は日米の共用施設ではないか、と強い疑義も投げかけている。

 記事は沖縄タイムスに大きく掲載されたほか、共同通信が全国の加盟社に配信した。それによって、「陸自離島部隊『辺野古』に 日米共同利用 15年米海兵隊と極秘合意」「文民統制を逸脱か」(信濃毎日新聞朝刊1面トップ)など各紙が大きな扱いでこの調査報道記事を掲載した。

沖縄タイムス本社ビル=那覇市

 中国との関係を考えれば、この陸自の配備には賛否両論あろう。しかし、調査報道の本旨は、当局者が隠したり、埋もれてしまったりしている重要な事実を社会に提示することにある。新たな事実が出てくれば、当然、議論のフェーズも変わる。本件のキーワードは「文民統制の逸脱か」だと筆者は考えている。いずれにしても、権力監視型の優れた調査報道であり、それが企業の壁を越えた合同取材で達成されたことに画期性がある。

 沖縄タイムスがHPなどで明らかにしたところによると、合同取材は沖縄タイムスの阿部岳編集委員が端緒情報をつかみ、共同通信の石井暁編集委員に相談したことから始まった。阿部編集委員は沖縄のメディアで働き、地元の動向に詳しい。石井編集委員は防衛省・自衛隊に関して30年近い取材歴を持ち、その中枢に深い情報源がある。お互いの長所を生かした組み合わせである。

 実際、沖縄タイムスの与那嶺一枝編集局長はHP上で「規模は異なるものの、今回は沖縄に根を張るタイムスと政府中枢に取材網を広げる共同通信のそれぞれの強みを生かして連携することができた」「課題が複雑化し、1社だけでは調査報道が難しくなっている。今後も柔軟に積極的に、他メディアと協力していきたい」と語っている。合同取材のポイントは、通常は一次情報を共有しない報道機関同士が手を組んだばかりか、端緒も含めて情報を共有し、一緒に取材を進めた点にある。

共同通信社の本社ビル=東京・汐留
 沖縄タイムスを含む地方紙は、社団法人・共同通信社の構成員ではあるが、記事配信を受けることはあっても、調査報道の取材チームを合同でつくることは過去になかった。共同通信とは加盟社に記事を送る存在であり、情報流通の形式としては共同通信からの一方通行がほぼ貫徹されていた。しかも配信記事のほとんどは「中央目線」「東京目線」だ。加盟各社の事情に合わせて、中央で個別の取材を行い、それを全国に配信するケースはそう多くない。

 一方の地方紙は、中央での政策決定をカバーする陣容に乏しい。地方の現場で重大な取材課題と向き合ったとしても、徹底追及したり、コンテンツを全国に流通させたりする力が相対的に弱い。取り上げるテーマが全国的な問題だったり、東京での分厚い取材が必須だったりすると、ますます1社では手に負えなくなる。勢い、調査報道取材そのものが実を結ばずに終わるケースも出てくるだろう。筆者も地方紙の記者時代、そんなことを幾度か経験した。その意味でも沖縄タイムスと共同通信の合同取材は画期的な組み合わせだったと言える。

 阿部編集委員と石井編集委員の2人は、実は、取材ノウハウを共有するための「調査報道セミナー」に参加したことで知己を得て、その後、交流が深まったのだという。調査報道セミナーとは、以前の論座記事「新聞社は消えても、取材ノウハウは残せ!」でも触れたように、日本ジャーナリスト会議やアジア記者クラブなどの協力を得て、筆者が2016年まで主宰していた催しだ。取材手法の共有化にとどまらず、調査報道の合同取材にまで発展するのは、人的・資金的な余裕を失いつつある報道機関にとって、理想的なかたちの一つである。

確度の高い端緒情報と個人間の信頼関係が不可欠

 もっとも地方メディアの連携そのものは、最近になって始まったわけではない。

 各地域を結んで風物詩や伝統行事などを紹介する連携企画は幾度もあった。硬派なテーマをめぐる合同取材も実例はある。安全保障分野に限っても、2010年には神奈川新聞・長崎新聞・沖縄タイムスの3紙が合同取材チームをつくり、約80回に及ぶ長期連載「安保改定50年 米軍基地の現場から」を制作した。2013年には山陰中央新報(島根県)と琉球新報(沖縄県)が「環りの海」と題する連載を合同で取材し、60回以上も掲載した。竹島と尖閣という領土問題に足元から迫ったのである。安全保障以外の分野でも、最近では西日本新聞の「あなたの特命取材班」を皮切りに始まった読者応答型の取材ネットワークの存在がよく知られている。

 また、メディア同士の連携ではなく、専門家らと一緒に取材に取り組むかたちもあり得る。例えば、静岡新聞が2019年から展開している大型企画「サクラエビ異変」もその一つだろう。駿河湾では近年、サクラエビの不漁が目立っている。「サクラエビ異変」はそれをテーマにしたキャンペーン型の報道であり、「漁獲規制」「文化」「環境」を大きな方向性に据え、連載はすでに約80回に及んでいる。注目すべき点は、東京大学や海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者ら10人の「研究会」と連携し、取材を進めている点にある。

 メディア側からすれば、外部の専門家は基本、見解を尋ねる相手、すなわち取材の対象者である。そうした人たちとの協働、すなわち、専門家を取材班に組み込むスタイルは、メディア同士の連携よりも心理的なハードルが低く、成果を生みやすいと思われる。実際、大学の研究者らと手を結んだ企画取材はあちこちに実例がある。

 しかしながら、辺野古新基地への陸自常駐に関する今回の合同取材は、権力監視型の調査報道であるという意味において、企画を主軸にしたこれまでの協働とは質が異なる。

 言うまでもなく、調査報道は先行きの見えない取材を強いられることが多い。終わりの時期やかたちも明確には見通せない。事実確認の手法や裏取りの深度も各メディアによって差があろう。訴訟リスクへの対応もある。権力との向き合い方が先鋭になればなるほど、検討すべき事柄は増える。

 第一、本当に間違えたらどうなるのか? 誰がどんな責任を取るのか? 筆者は現役の記者時代、警察裏金問題の取材班を率いたことがあるが、警察権力と真正面でぶつかり合うようなあの取材で他メディアと組むことができただろうか? 考えれば考えるほど、二の足を踏む材料を思いつく。そこを沖縄タイムスと共同通信は乗り越えてしまった。

 調査報道の合同取材は現場の記者による信頼関係がない限り、なかなか成功しないと思われる。筆者が代表を務める調査報道グループ「フロントラインプレス」は昨年、毎日新聞と合同取材チームをつくり、「ニュースアプリ大手による虚偽広告問題」の調査報道取材に取り組んだ。一連の成果は同3月18日の毎日新聞朝刊(電子版は3月17日)から順次掲載された。

筆者が代表を務める調査報道グループ「フロントラインプレス」と毎日新聞の合同取材チームが報じた2020年3月18日の毎日新聞朝刊

 日本の大手紙が外部者と調査報道の合同取材チームをつくり、その成果を連名でニュース記事として掲載した実例はほとんどないと思う。このときの取材対象は上場企業であり、ストレートな権力監視型の調査報道ではなかったが、「〜ことが毎日新聞と調査報道グループ『フロントラインプレス』の調べで明らかになった」で始まる調査報道記事が全国紙の1面に掲載されたことは、それなりの画期性があったと自己評価している。

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