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海外の「見えない記者クラブ」~日本マスコミが知らない「五輪取材のインナーサークル」の実像

ジョージア・マフィアとオリンピック・ファミリー

小田光康 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

スポーツ・バーのハッピー・アワーが「見えない記者クラブ」

 その後、元上司から地域の面々が集うハッピー・アワー(割引時間帯の飲み会)に誘われた。実はこれが日本の記者クラブで開かれる懇談みたいなものだ。カーター元大統領の研究所がある名門エモリー大学にほど近い学生街、リトル・ファイブ・ポインツにあるスポーツ・バーがその会場だった。

 ジョージア州の各界を代表する要人やメディアの記者が、南部名物の「レベル・イェル(反逆者の雄叫び)」といったバーボンやチキン・ウィングを楽しみながら、ヤンキーをなぎ倒す南部の大学やプロのスポーツ・チームの話題で盛り上がっていた。

 ここではアトランタに本拠地を置く大リーグのブレーブス、NFLのファルコンズ、そして市内で貧困層の少年向けにボクシングジムを開いていた世界ヘビー級チャンピオン、イベンダー・ホリーフィールド選手の信者であることが絶対条件だった。米国南部ではスポーツのつながりが重視され、ヤンキーのチームを応援しようものなら、その場からつまみ出される。

 この場には日本のマスコミ記者は誰もいなかったが、大学ラグビー部出身の大手商社マンだけは時折顔を出していた。飲み屋の一角に集まっているだけなので、見ず知らずの呑んべいも飛び入り参加することもある。飲み代はすべて自腹だが、せいぜい2千円程度だった。

 日本では特ダネを取ろうとする場合、密室で一対一での取材を好むが、おおらかな土地柄か米国南部ではそうでもなかった。この愉快な空間が絶好の取材場所となる。音楽や歓声が響き渡る空間で、これら要人とサシで取材する機会など簡単に作れるのだ。

 この場では日本でありがちな集団的な懇談取材などない。記者それぞれが会場を回り、お目当ての情報源を掴んでは取材をする。記者が会場からスッといなくなると、なにかネタを掴んだ証拠だ。翌朝の新聞を開くと、その記者の署名記事が目に飛び込んでくる。「やられた」と地団駄を踏んだことは数え切れない。

拡大Christopher V Jones/Shutterstock.com

根性論もある米国南部の「見えない記者クラブ」入会資格

 ただ、これで「見えない記者クラブ」に正式入会が認められたわけではない。南部人なりのしきたりがある。

 この場である要人から、「五輪マラソンと同じコースを走る『アトランタ・マラソン大会』に出てくれないか。五輪前に地域を盛り上げたい」と頼まれた。フルマラソンを完走する自信はなかったが、3ヶ月以上のトレーニングを重ねて備えた。当日、制限タイムぎりぎりでゴールラインに近づくと、筆者に「You’ve got it made (お前はやれる)!」と連呼する応援が聞こえてきた。倒れ込むようにフィニッシュできたが、日本のマスコミ記者では唯一だった。

 筆者を大声で支え、ゴールで迎えてくれたのが地元ジョージア大学の往年アメフト選手で、アトランタ五輪組織委のビリー・ペイン会長と、「ジョージア・マフィア」の切れ者と知られたJ.D.フレージャー事務総長だった。根性が試されるこの体育会的試練が洗礼だった。かくして、筆者は競合他社とは一線を画した両者への独占インタビューを取り付けることができたし、その他の取材やその準備でも様々な便宜を施してもらった。

 海外に駐在する日本のマスコミ記者でも、これと同じような「見えない記者クラブ」に入会を許された者は多数いる。ただ、これは独自で秘密の情報網であるため、口外することはまずないだろう。一方で、せっせと地元紙やAP電を翻訳している巣ごもり「特派員」はこの存在には気づかない。

 米国ではこうしたインナー・サークルを踏み台にアメリカン・ドリームを成し遂げる者も多い。元上司はその組織のトップにまで上り詰めたし、連邦政府や大企業の要職に就く者もいた。この「ジョージア・マフィア」つながりは帰国した後、山一証券の損失飛ばし事件や、金融商品や年金の時価会計への制度改革の取材でも大いに助けてもらった。

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筆者

小田光康

小田光康(おだ・みつやす) 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

1964年、東京生まれ。米ジョージア州立大学経営大学院修士課程修了、東京大学大学院人文社会系研究科社会情報学専攻修士課程修了、同大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門はジャーナリズム教育論・メディア経営論、社会疫学。米Deloitte & Touche、米Bloomberg News、ライブドアPJニュースなどを経て現職。五輪専門メディアATR記者、東京農工大学国際家畜感染症センター参与研究員などを兼任。日本国内の会計不正事件の英文連載記事”Tainted Ledgers”で米New York州公認会計士協会賞とSilurian協会賞を受賞。著書に『スポーツ・ジャーナリストの仕事』(出版文化社)、『パブリック・ジャーナリスト宣言。』(朝日新聞社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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