メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

ヒトラーの後継者は「高潔な武人」だったのか?

【2】カール・デーニッツ元帥(ドイツ海軍)

大木毅 現代史家

 さほど第二次世界大戦の歴史に関心がないひとでも、大西洋の護送船団をめぐるドイツ海軍と連合軍護衛部隊の死闘については、映画や小説などで多々描かれているから、そのイメージを思い浮かべるのもたやすいことだろう。この海上交通をめぐる激闘、いわゆる「大西洋の戦い」で、Uボート、潜水艦を主体とする艦隊を指揮して、連合軍に深刻な脅威を与えたのが、ドイツ海軍のカール・デーニッツ元帥である。

潜水艦作戦の名手

拡大カール・デーニッツ
 デーニッツは、島国イギリスの生命線である商船隊を撃滅し、海上交通を遮断すること、すなわち「通商破壊戦」によって、同国を屈服させようとした。しかも、それは大戦果を挙げ、イギリスは戦争を継続できなくなるのではないかと、連合軍首脳部を憂慮せしめるような事態までもたらしたのであった。

 こうした経緯から、デーニッツは海戦史上でも一、二を争う潜水艦作戦の名手として知られ、今日なお、世界の潜水艦乗り(サブマリナー)の讃仰の的になっている。日本の海上自衛隊でも、筆者が話す機会を得た潜水艦勤務の幹部は、ほぼ例外なく、邦訳されたデーニッツ回想録『10年と20日間』を熟読したと語ったものだった。潜水艦隊の指揮官として、彼がなしとげた業績をみれば、それも無理からぬことであろう。

 だが――もう一つのデーニッツ像、政治に容喙しない武人らしい人物で、だからこそ、ヒトラーもナチス・ドイツ崩壊前夜に彼を後継者に指名したのだとするような評価は、もはや時代おくれのものとなっている。この種の主張は、いまだに日本の通俗的な書籍や雑誌に散見されるのだが、ドイツ現代史の研究成果は、かかる主張が成り立たないことを指し示しているのである。

 現在では、デーニッツは、積極的にナチズムを支持し、敗戦が必至になったのちも、無意味に命を捧げることを兵士に要求した軍人であったことが指摘されている。なかには、「悪魔の提督」と評する声もあるほどだ。そうした側面は、日本ではともすれば見逃されがちであるが、本稿では、敢えてその部分に焦点を当て、デーニッツの生涯の何が問題であったかを指摘することとしたい。


筆者

大木毅

大木毅(おおき・たけし) 現代史家

1961年東京都生まれ。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。専門はドイツ現代史、国際政治史。千葉大学などの非常勤講師、防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校(現・陸上自衛隊教育訓練研究本部)講師などを経て、現在、著述業。著書に『「砂漠の狐」ロンメル』、『ドイツ軍攻防史』、『独ソ戦』、『帝国軍人』(戸髙一成と共著)、訳書に『ドイツ国防軍冬季戦必携教本』、『ドイツ装甲部隊史』など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

大木毅の記事

もっと見る