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たとえ東スポであろうと「ソースロンダリング」は許されない

不正確な高須院長のツイートをそのまま報じたメディアの責任

赤木智弘 フリーライター

 1月31日に東スポがこのようなタイトルの記事を配信した。

 「高須院長が大村知事リコール署名で〝8割が無効票報道〟に不信感 「誰も見れない時期から何故?」」という記事だ。

 記事は、愛知県知事に対するリコール運動の中心となっていた高須克弥氏が、提出署名の8割が無効であったと報じられていることに触れた内容だ。記事では大村愛知県知事が「署名が提出されたころから大村知事が無効票が多数存在していることを口にした」という前提の上で、高須氏が「誰も署名簿見れない時期からの大村知事の発言。何故?」「明日の選管の委員会の発表は大村知事が最初に言った通りになると思います」とツイートを行ったと報じている。

 これを素直に読めば「大村知事はまだ署名を誰も見ていない頃から『署名の8割が無効である』と明言しており、選挙管理委員会の発表は、大村知事の主張通りのシナリオに着地することになる」と、まるで選管が大村知事の指示通りの結果を打ち出しているかのような印象を受ける。しかしそれは本当なのだろうか?

匿名アカウントのツイートを引用したツイートを記事に

 最近は、スポーツ紙などを中心に著名人のツイートをただ掲載するだけの記事が増えているように思う。

 基本的には毒にも薬にもならない記事なので勝手にやってくれていれば良いのだが、個人的なツイートの中には、ツイートをした人や、それに関わる人たちによる勘違いなどが含まれることがある。

 まず、該当の高須氏のツイートを見ると、確かに記事にあるような疑問を提示している。だが気になるのは、そのツイートが匿名アカウントのツイートを引用する形で行われている事だ。

 その匿名アカウントのツイートには「大村知事は署名が提出された頃に『署名の8割は不正と選管から聞いている』的なことを言っていた」という趣旨のことが書かれている。つまり匿名アカウントは「名簿が提出された頃には、すでに大村知事サイドに署名の内容が漏れていた」ことを示唆する内容であった。

 高須氏の「誰も署名簿見れない時期からの大村知事の発言」というツイートはこの内容、すなわち「署名の8割は不正と選管から聞いていると発言した」という内容を指しているのである。

 さて、高須氏がリコール署名を提出したのが2020年11月4日である。ではこの頃に大村知事は何を言っていたのか。まずは11月4日。記者会見でリコールのことを尋ねられた大村知事はこう言っている(「愛知県・大村知事が臨時会見(全文)あまり集まっていないとは聞いている」Yahooニュース2020年11月4日)。

 「関係者の話としては、あまり集まっていないというふうにはお聞きをしております」

 ここで大村知事が言っているのは「票数が集まっていない」という話であり、「不正投票が8割」という話では無い。

 当の高須氏も11月4日の大村知事の発言に対して「まだ選管の集計ができていないのに、なぜ大村知事は票数が少ないと報告を受けているのか?」という内容をツイートしている。この時点では高須氏も大村知事の主張内容が「票数」であることを認識しているのである。

高須院長のツイートは正確ではなかった

 では、大村知事が無効票に関して一切触れていないかといえば、そういうことでもない。

 その2日後である11月6日の記者会見で、大村知事は「実質的な署名活動や個別訪問などはほとんど行われていなかったと聞いております」「有効な署名がどれくらいあったかということが問われる」「有効なものはそう多くないのではないかと言う人もいる」と言っている。

 この発言は2つの意味にわかれている。

 1つは、署名活動や戸別訪問の少なさに触れ、少なくとも必要な87万人分もの署名を得られるような規模の活動はできていなかった様子を把握していることが見て取れる。これは4日にも話していた「票数」の話である。

 そしてもう1つが「有効票の数」に触れた内容である。リコール署名提出から2日経って、ある程度の事情が把握されつつあることが示唆されている。

 後者の発言から「無効票の多さをあらかじめ知っていたのではないか」と見ることは決して不可能ではない。ただし発言の中に「署名の8割は不正と選管から聞いている」に類するような、数字を挙げての発言はなく、またこの発言が署名提出から2日後という、すでに署名数の数え上げが始まっている時期のものである。

愛知県庁前で大村秀章知事のリコールを訴える河村たかし・名古屋市長(左)と高須克弥氏=2020年8月25日、名古屋市

 このことから、大村知事が「誰も署名簿を見れない時期から無効票が多数存在していることを口にしていた」と判断するのはかなり無理があると言えよう。

 そもそも、署名に不正が多数あると最初に発信し始めたのは、リコールに反対する人たちや大村陣営からではない。それを発信し始めたのは、リコールの趣旨に賛同し、署名活動に手弁当で参加したボランティアたちである。

 高須氏が体調不良を理由に署名活動を休止した後に、運動を引き継いだ人たちが同じ筆跡の署名が多数あることを発見。12月4日に記者会見を行ったのである。「7、8割が不正署名」という驚きの数字が飛び出したのは、このときが最初である。

 この告発をきっかけに、愛知県選挙管理委員会がリコールの署名を精査。これにより「署名の8割以上に不正が疑われる」という実態が明るみに出てきて、現在に至るのである。

 と、以上のことから、少なくとも東スポの記事にある高須氏のツイート内容は、正確ではないと言うことが分かるのである。

マスメディアがフェイクニュースの発生に寄与

 だが、それが分かるのは、こうして高須氏が引用したツイートの内容の真偽をしっかりと把握したからである。ちゃんと調べずに記事を読んだだけでは先にも記したように、大村知事が最初から無効票が8割であると主張し、選管がその発言に沿った数字を出しているかのように読めてしまうのである。

 確かに高須氏はそうツイートしたのだから、けっして東スポが事実をねじ曲げたわけではない。東スポは「高須氏がそうツイートした」としか言っていない。それは確かに正しい。

 だが東スポは、高須氏のツイートに引用された匿名アカウントによるツイートの存在を報じなかった。そのことによって、高須氏が匿名アカウントの曖昧な情報を得てツイートをしているという部分がそぎ落とされ、さも高須氏が何らかの確信的な根拠を持って、ツイートをしているかのような意味合いに置き換わってしまっているのである。

愛知県選挙管理委員会の調査結果を受け、会見で「民主主義の根幹を揺るがすゆゆしき事態だ」と述べる愛知県の大村秀章知事=2021年2月1日、愛知県庁

 このように、不正確な情報から不正確な部分をそぎ落としてマスメディアが報じることで、不正確であったはずの情報が、さも何かしらの真っ当な情報源が存在するかのように装われてしまう。このことを「ソースロンダリング」という。

 今回の例では最初は、匿名の人が「大村知事が不正8割だと言っていたはず」とツイートをしたというだけのことを高須氏が取り上げ「誰も署名簿見れない時期からの大村知事の発言。何故?」とツイートをした。

 これを東スポが「高須氏がこう主張している」とだけ報じ、不正確は部分を削ることで、東スポの記事だけを見た人はさもリコール提出時点で「大村知事は無効票が多数存在してると発言していた」かのように認識してしまうのである。

 マスメディアが意図せずともソースロンダリングに手を貸すことは、結果的にフェイクニュースの発生に寄与していると言っていい。東スポは高須氏のツイートと共に「高須氏のツイートの元となったツイートは、根拠が不確かであること」もちゃんと報じる必要があったのである。

 東スポと言えば以前から「日付以外は嘘」などと言われている。もちろん記事が嘘ということはなく、大見出しのユニークさや、独自性の強い記事などから、親しみを込めてそう呼ばれている。しかし、そうした評価のありかたがフェイクニュース全盛の現状に至っては「ちゃんと報じないことの言い訳」として通用してしまってはいないだろうか。

 嘘と呼ばれてなお社会に通用するためには、当然「しっかりと取材をしている。事実確認をしている」という裏打ちが必要となる。しかし今回の記事のような「著名人がこんなツイートをしていました」という記事群には、そうした裏打ちがあまり見られない。

 だが、それを批判すると「東スポの記事を本気で受け取る方がバカ」とネットで言うところの「ネタにマジレス」の考え方で笑われてしまう。そうした嘲りの声を恐れず、批判するべきはしっかりと批判していく必要があるのである。