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森喜朗元首相を尊大にさせた政治記者たち~「女性蔑視」発言は今に始まったことではない

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

政治記者の姿勢は変わらず

 いずれにしても、2003年の森発言とその関連記事には、当時の政治とその取材状況が如実に映し出されている。だが、今になって当時の経緯を振り返れば、多くの人々は今更ながら愕然とするのではないか。女性蔑視などの問題発言に対する取材者の感度の鈍さや、政治の取材作法、その文化などは、今も変わっていないのではないか、と。

 東京五輪の大会組織委員長としての今回の森発言は、インターネットが浸透し、SNSのユーザーが相当数に達した現在だからこそ、瞬く間に国内外に拡散され、問題が急速に大きくなった。

 しかし、問題の急拡大は、政治記者の姿勢が変わったこととイコールではない。夜のオフレコを基軸とする、政治家との距離がかつてと大きく変わったことを意味しない。

 実際、今回最初に問題になった2月3日の発言についても、各紙は問題意識を全面に押し出したとは言い難かった。第一報となるはずの翌4日朝刊を見ると、例えば、朝日新聞は2社面トップで報じたものの、記事は約420文字と短く、問題を重層的に扱うに至っていない。

拡大森氏の発言を伝える朝日新聞2月4日朝刊2社面の記事

 女性蔑視発言が表面化したとしても、「〜差別と受け取られかねない」「問題視されそうだ」といった、奥歯に物が挟まったような表現で“逃げ”を打つ。そうした姿勢は今も変わっていないのだ。

 森氏の問題発言と言えば、森氏の首相在任中、2000年に起きた「神の国」発言も必ずと言っていいほど引き合いに出される。五輪に絡んだ今回の発言に関連し、その「神の国」発言に触れる報道もあった。

 しかし、本当に思い出すべき事柄は「神の国」発言の内容そのものではなく、発言を巡って起きた“指南書事件”のほうではないか。「神の国」発言で窮地に追い込まれた森首相を助けるために、釈明会見に向けて、官邸記者クラブ詰めの放送局記者が「どうやって会見を無事に切り抜けてもらうか」という内閣広報官宛の“指南書”を作成していたという出来事である。

 これについては、「論座」の過去記事『官邸記者クラブで20年前に起きた「指南書事件」が問いかけるもの』で言及したので、ここでは詳しく記さないが、あの一連の事実はもっと知られていい。問題の“指南書”を入手して報道した西日本新聞が、官邸記者クラブ内で総スカンを食らった。同紙やTBSなど一部を除く大半の報道機関は指南書事件を報じなかった。“指南書”の作成者が大きな咎めを受けた様子はない。そうした事柄を許容してきた政治取材文化がその後も連綿と続いていることも、もっと人々の間に浸透してよい。

 森氏をここまで尊大にさせた背景には、こうした政治取材の陋習がある。政治記者が政治家に密着するのは、「いざという時に刃を抜き、権力監視の役割を果たすためだ」と言われた時代がある。それはもう、遠い昔話の類になったのか。

 政治取材の在り方は真剣に改革されることなく、陋習をひきずったまま、時を重ねた。今では、首相の記者会見ひとつとっても、事前に質問が官邸側に通告され、首相はあらかじめ用意されたペーパーを読み上げるだけだ。そんな風景の繰り返しに、国民はもう、心底、うんざりしている。

 取材の現場にいる記者やその後ろに陣取る各社幹部には、そうした声は響かないのだろうか。それとも、「これが政治取材のプロのやり方」として、現在も今後も陋習にしがみつくのだろうか。

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筆者

高田昌幸

高田昌幸(たかだ・まさゆき) 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

1960年生まれ。ジャーナリスト。東京都市大学メディア情報学部教授(ジャーナリズム論/調査報道論)。北海道新聞記者時代の2004年、北海道警察裏金問題の取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。著書・編著に『真実 新聞が警察に跪いた日』『権力VS調査報道』『権力に迫る調査報道』『メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層』など。2019年4月より報道倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の委員を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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