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森会長の発言をきっかけに、日本スポーツ界は変わるか

会長個人への反感が、オリンピックにまで飛び火

増島みどり スポーツライター

16人中10人女性理事 新たな目標を定めて始まるWEリーグの岡島チェアは・・・

 スポーツ界に限らず、企業でも社会でも役員、意思決定機関、重要ポストに女性を配置する際、森会長の「必ずしも数で増やすのは・・・」といった否定的な意見は多く、人数を増やそうとすれば常に「数や割合でなく、本当に実力がある女性が起用されるべき」との意見も出る。しかし「実力のある男性」が起用されたのか検証がされなければ、有意義な前提にはならない。

 性別などを基準に一定の比率を当てはめる数ありきの「クオータ制」は、100を超える国々ですでに導入されている。ジェンダー指数でも常に世界のトップ3に位置するノルウェーが発祥で、これにより議会も、企業も女性の登用が飛躍的に伸びたとされる。

 今年9月、日本で初めて発足する女子サッカーのプロリーグ「WEリーグ」(ウィリーグ、Women Empowermentの略)は「数」にも配慮し、開幕への準備を進める。森発言で日本中が議論していた5日、その理事会の構成が発表された。もちろん予定されていたものだが、意味のある発信とも取れるタイミングだった。同リーグの理事長にあたる岡島喜久子チェア(62)を筆頭に、理事16人、監事2人のうち、理事10人、監事1人と、ガバナンスコードを大きく上回る60%超を女性が占めた。

 現在、米国から来日中の岡島チェアはこう話す。

 「当初発言の内容をうかがった際は、もちろん残念に思いました。一方で、森さんのようなお立場の方のご発言だから、これだけの意見が出て、かつてないほど女性の活躍について議論が活性化されるのを目の当たりにしています。社会全体に大きなインパクトも与えた点で、むしろ感謝しなければとも思います」

 岡島チェア自身、米国大手金融で勤務したほか、早大生だった20歳で、女子サッカーの発展を目指して発足した「日本女子サッカー連盟」初代の理事を経験。結婚後、米メリーランド州に住み、ジョンズ・ホプキンス大では女性だけの理事会メンバーとして多額の寄付を集め、新しい検査機を導入するなど活躍した。長く、豊富な「女性理事」としての経験から、「米国では女性でも男性でも、発言をしなければ役職に見合うポイントはあがらない。理事会に貢献し反映される意見、議論は男女関係なく常に求められる」と話す。

拡大WEリーグの岡島久美子チェア

 WEリーグでは「運営にあたる法人(クラブ)の役職員の50%を女性」とし、取締役以上を望ましいとしたうえで「意思決定にかかわる者のうち少なくても1人は女性」とする、と数字にも重きを置く。大きな変革は、目標だけではなく、数値を設定して行うとの方針で、初代プロリーグに参加する11クラブのヒアリングでも、女性活躍をどう実現しようと計画しているのかが重要な案件となった。現在、新クラブの体制が続々と発表されており、女性監督、スタッフ、クラブ社員など、女性の積極的な配置が進む。

 「マイナビ仙台レディース」の粟井俊介代表取締役(40)も社員半分が女性であると明かし、「女性が多い状態に何の違和感も持たないし、むしろ歓迎している。女性の新たな活躍の場としてのプロサッカーを盛り上げたい」と話す。

 森会長の発言は、時代だけではなく、こうした「まずは数字でも努力をする」といったスポーツ界の流れにも逆行する。五輪準備、開催自体に悪影響を与えない前に、組織委員会、関係者は何か手を打たなくてはならない事態だ。

 組織委員会は2月7日夜、公式ウェブサイトに「先週の森会長の発言はオリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切なものであり、会長自身も発言を撤回し深くおわびと反省の意を表明した」と掲載。加えて「ジェンダーの平等は東京大会の基本的原則の1つであり、東京大会は最もジェンダーバランスの良い大会となる。私どもは、改めてビジョンを再確認し、引き続き、人種、肌の色、性別、性的指向などあらゆる面での違いを尊重し、たたえ、受け入れる大会を運営する」と表明した。

 また国内外のボランティア8万人に対しても、組織委員会が5日から6日にかけて謝罪のメールを送り、「あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、認められる社会を実現することを目指すために一緒に大会を成功させたい」と、参加を呼びかけた。

 会長とIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長と、橋本聖子五輪相、小池百合子東京都知事を含め、五輪開催への情報を共有する4者会談が行われる予定で、その席上でも何らかの話が出ると見られている。

筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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