メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

【44】東日本大震災から10年、その時に起きたことを思い出す

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

 東日本大震災から10年を迎えるにあたり、震災のときに起きたことを振り返ってみる。

 2011年3月11日14時46分、日本では起きないと思われていたM9.0の超巨大地震が、東北地方太平洋沖の海底下で発生した。500㎞にも及ぶ長大な震源域から地震波が長時間放出され、東日本を中心に広域が強い揺れに見舞われた。震源から離れた東京や大阪などの大都市では長周期地震動により高層ビルが大きく揺れた。仙台郊外の宅地造成地では地すべりが起き、地盤が軟弱な低地では広域に液状化した。

 30分後には、最大50mにも及ぶ震源域の滑りが生み出した大津波が東北地方太平洋岸を襲った。海岸堤防が破壊され、津波が住民と共に家屋を飲み込んだ。大都市では交通網がマヒし、帰宅困難問題が発生した。多くの発電所が被災し、電力不足に陥り、計画停電が行われた。炉心溶融した福島第一原発から大量の放射能が漏洩し、多くの住民が避難を余儀なくされた。2万2千人もの人が命を落とし、最大47万人もの住民が避難し、戦後最悪の災害となった。

拡大倒壊した屋根には「遺体あり」の字が記されていた=2011年3月19日、宮城県石巻市

日本でも起きたM9.0の超巨大地震

 本震に先立って、2月に宮城県沖でゆっくりと断層が滑るスロースリップが起きていた。さらに、2日前の3月9日に前震(M7.3)が起き、その後、余震やスロースリップが発生する中、東北地方太平洋沖地震が発生した。残念ながら、事前に超巨大地震の発生を連想することはなかった。

 地震直後に、気象庁から緊急地震速報が発表され、その後、最大震度7の強い揺れが東日本広域を襲った。長周期の揺れが数分にわたって続き、さらに、太平洋岸に襲い掛かった。さらにM7を超える余震が多発した。今年2月13日のM7.3の地震を含めM7以上の余震は11回発生しており、今後も注意が必要である。

 誘発地震も、3月12日長野県北部の地震(M6.7)、3月15日静岡県東部の地震(M6.4)、4月11日福島県浜通りの地震(M7.0)などが起きた。静岡の地震では、富士山の噴火を懸念した人も多かった。

 震災までは、日本ではM9クラスの巨大地震は起きないと考えられていた。一方で、津波堆積物から内陸奥まで津波が達した証拠が見つかっており、869年貞観地震の発生を踏まえて長期評価の見直しが行われていた。

 かつては、同じ断層では、同様の間隔と規模で周期的に地震が繰り返し発生するという固有地震説が主流だった。このため、30年程度の間隔で繰り返し発生する宮城県沖地震を警戒していた。しかし、超巨大地震が発生した。震災後は、大、中、小の地震が階層的に発生すると考えられるようになった。海溝沿いは摩擦係数が低いものの岩盤が柔らかく巨大なエリアが固着しているため、これがずれると超巨大地震を起こすようだ。東北沖では、869年貞観地震、1454年享徳地震、2011年東北地方太平洋沖地震が確認されている。

建物倒壊に比べ、顕著だった2次部材、天井の落下、設備被害、家具転倒

 東北地方太平洋沖地震では広域に震度6強以上の揺れに見舞われたが、甚大な津波被害や地盤災害などに比べて人命にかかわる建物倒壊は少なかった。ただし、外壁や間仕切壁、ガラス、内装、天井などの非構造部材(2次部材)の被害が多数発生した。とくに天井の落下被害が多数発生した。

 体育館、プール、ボーリング場、劇場、映画館、工場、倉庫、エントランスホール、コンコース、空港ロビーなどの大空間の天井が落下した。中でも、茨城空港のロビーやミューザ川崎シンフォニーホール、死傷者を出した九段会館などは報道でも大きく取り上げられた。

 震災後、国交省は天井の脱落対策のため、新築建築物等への適合を義務付けする建築基準法施行令などの改正(2013年7月12日公布)、関連告示の制定・改正(同年8月5日公布)を行い、2014年4月より施行した。6m以上の高さにある200㎡を超える面積の吊り天井を対象に、吊りボルト等の増設や接合金物の強度を上げるなどの対策をすることになった。

 建物内の設備の転倒・移動・損壊、エスカレータの落下、エレベータのワイヤの絡みや切断、東京都内も含め250件を超える閉じ込めなども発生した。さらに、高層階を中心に、多くの家具や什器が移動、転倒した。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

福和伸夫の記事

もっと見る