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[50]「三方悪し」の扶養照会は抜本的見直しを~権利と尊厳が守られる生活保護に

『利用者・親族・職員』どの立場の当事者にもマイナスの実態判明

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 例年のことだが、年末年始の取材ラッシュが終わると、生活困窮者支援の現場には静けさが戻ってくる。

 毎年、この時期になると、「マスメディアにとって貧困問題は季節の風物詩扱いなのか」という思いと、「年末年始だけでも注目をしてくれるのであれば、それで良しとすべきなのか」という思いが交錯をしてしまう(一部の報道関係者が努力を続けてくれていることは承知しているが)。

民間の努力は限界に近い。公助を叩き起こす必要

 しかし、社会的な注目が薄らぐ中で、支援を求めて現場に集まってくる人の数は増え続けている。

 東京都内各地でホームレス支援団体が定期的に実施している食料支援の現場では、年が明けてからも集まる人が増加し続けている。

大晦日に多くの生活困窮者支援団体が協力して開いた緊急相談会。生活・医療相談や食料配布、福祉事務所を通じての生活保護申請仮受理や一時宿泊先の案内などを実施。たくさんの人が訪れた=2020年12月31日、東京都豊島区
 NPO法人TENOHASI によると、2月13日に東池袋中央公園で実施された弁当配布・相談会には、336人もの人が列を作ったという。近年では最も多い人数で、コロナ以前と比べると、2倍まで増えたことになる。

 ホームレス支援の場で、従来から来ている中高年の男性に加え、若い世代の顔を見かけるのは、もう珍しい出来事ではなくなっている。

 集まる人の増加と感染症対策により、支援団体の負担も重くなっている。感染リスクを下げるため、TENOHASIでは通常の炊き出しに替えてパック詰めの弁当を支給しているため、コストは以前の15倍以上かかっているという。

 私が代表を務めている一般社団法人つくろい東京ファンドでは、住まいを失う人が増加していることを踏まえて個室シェルターの増設に取り組んでいる。シェルターとして確保している個室はコロナ以前の25室から現在59室まで増加した。シェルター事業を支える人的な体制の整備も進めているが、なかなか追い付かないのが実情だ。

 民間で生活困窮者支援に関わるどの団体、どの個人も、急激な貧困拡大に対応すべく、懸命な努力を続けている。だが、その努力も限界に近づきつつあるのではないか、と私は危機を感じている。

 「自助も共助も限界に来ている。今こそ、公助の出番だ」と、私たちは言い続けてきたが、「公助」の存在感は薄いままだ。

 「公助」がどこかで昼寝をしているのであれば、人々が声をあげて叩き起こすしかない。最近、私はその思いを強くしている。

菅首相の「最終的には生活保護」発言

 そんな「公助」の現状を象徴するようなやりとりが国会であった。

 「政府には最終的には生活保護という仕組みも(ある)」

 1月27 日の参議院予算委員会。菅義偉首相はコロナの影響で生活困窮者が増加していることへの対策を問われた際、このような答弁をおこない、批判を浴びた。

参院予算委員会で答弁する菅義偉首相=2021年1月27日
 生活保護制度は「最後のセーフティネット」であると言われており、菅首相の答弁は教科書的には間違っていない。しかし、現在の社会的・経済的状況のもとで政府の責任者が発する言葉として、この答弁で充分だと考える人はほとんどいないであろう。私たちが政治のリーダーから聞きたいのは、「OK Google」と聞けばわかるような社会保障の基礎知識ではないからだ。

 菅首相には、生活苦にあえぐ人々に支援の手が届かない実情をどう変えていくのかを具体的に答えてもらいたかった。

扶養照会の運用の抜本的見直しを求める署名と、国が自治体に出す通知の改正などについての要望書を厚労相あてに提出した後、会見する筆者ら=2021年2月8日、東京都千代田区永田町

生活保護の「手前の支援拡充」と「制度改革」の両方必要

 私は、現下の貧困拡大に対応するためには、「生活保護の手前の支援策の実施、拡充」と「生活保護そのものを利用しやすくするための改革」の両方が必要だと考えている。

 手前の支援策としては、再度の特別定額給付金の支給が必要だと考える。

 一律の給付金支給には批判も多いが、「一定の所得以下」や「コロナの影響で減収したこと」等の支給要件を設けると、窓口での審査に時間がかかる、結果的に制度からこぼれ落ちる人が出る、といった問題が生じやすくなる。

 即応性を重視し、困っている人を取りこぼさないようにするのであれば、一律の給付が最も現実的である。高額所得者や資産家には後で税金の形で返してもらうのが良いであろう。

 また、生活の基盤である住まいを維持・確保できるようにするため、現在の住居確保給付金を見直して、普遍的な家賃補助制度へと改編すること、民間の空き家・空き室を借り上げる形での現物給付型の住宅提供も実施することも求めていきたい。

制度の利用を阻む「扶養照会」

 他方、生活保護制度には、資産要件の緩和や現場を担う職員の質的量的な拡充、名称変更によるイメージアップ等、改善すべき点はたくさんある。その中で、最も急がれるのは前回の記事「底が抜けた貧困、届かぬ公助」でも取り上げた扶養照会の見直しだ。

 生活保護制度には、福祉事務所が生活保護を申請した人の親族に「援助が可能かどうか」と問い合わせる「扶養照会」という仕組みがある。照会は通常、2親等以内(親・子・きょうだい・祖父母・孫)の親族に対して、援助の可否を問う手紙を郵送することで実施される。過去におじやおばと一緒に暮らしていた等の特別な事情がある場合は、3親等の親族に連絡が行くこともある。

 私たちが年末年始の相談会に来られた生活困窮者を対象に実施したアンケート調査では、生活保護を現在、利用していない人の3人に1人(34.4%)が、利用していない理由として「家族に知られるのが嫌だから」という選択肢を選んでいた。

 コロナ禍では現役世代の貧困が拡大しているが、20~50代に限定すると、「家族に知られるのが嫌だから」を選んだ人は、42.9%にのぼっていた。

ネット署名に反響・35806人。厚労省に運用見直し迫る

 扶養照会が生活保護の利用を阻害する最大の要因であることがアンケート結果により明らかになったため、私たちは厚生労働大臣に対して、本人の承諾なしで家族に連絡しないよう、扶養照会の運用見直しを求めるネット署名に取り組んでいる。

*署名のリンク「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!(change.org)

 このネット署名は大きな反響を呼び、2月8日には第一次集約分として35806名分の名簿を厚生労働省に提出した。同時に、生活保護問題対策全国会議とつくろい東京ファンドの連名で要望書も提出し、保護課の担当者との意見交換をおこなった。

厚生労働省に扶養照会の運用に関する要望と改正案を提出する「つくろい東京ファンド」と生活保護問題対策全国会議=2021年2月8日、東京都千代田区永田町
 要望書では、扶養照会は法的な手続きではないため、厚生労働省が通知を出し直せば、運用を変更できることを指摘した上で、親族に照会するのは「申請者が事前に承諾し、かつ、明らかに扶養義務の履行が期待できる場合に限る」という通知を出してほしいと要望している。

*要望書のリンク「田村憲久厚労大臣に『生活保護の扶養照会運用に関する要望書』と厚労省通知の改正案を提出しました。

東京都内の男性に届いた遠方の自治体からの扶養照会書。長年、消息がわからなかった父親について、生活保護の「決定実施上必要」だとして「扶養義務の履行」への回答を求めている

扶養照会の当事者から体験談続々

 私たちは、ネット署名と同時に、厚生労働省の担当者に扶養照会の実態を知ってもらうため、扶養照会に関わったことのある「当事者」の体験談もネットで募集した。その結果、150人以上の方から切実な声が寄せられた。

 ここで言う「当事者」とは、生活保護の利用経験のある方や生活に困窮していて福祉事務所に相談に行ったことのある方だけではない。福祉事務所から扶養照会の手紙を受け取った親族や、福祉事務所の職員・元職員からも多くの体験談が

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