【11】離島観光の危機に挑む ITと知恵と汗の融合
2021年02月28日
新型コロナウイルスのワクチン接種が国内でもいよいよ始まったが、「以前の生活にいつ戻れるのか」という不安と「早く戻ってほしい」という願望が交錯する中での暮らしに大きな変わりはない。
総務省が5日に公表した2020年分の家計調査では、外食や旅行の支出が大幅に減る一方、感染予防のマスクなどの保健用消耗品やゲームソフト、家電の購入などが増え、コロナ禍のもとでの消費動向が見て取れる。中でも、パック旅行費は前年より7割減、航空運賃は8割近く、鉄道運賃は6割以上も減った。緊急事態宣言などによる外出自粛の要請が旅行を直撃した感がある。観光で経済の推進を図る地域にとっては大打撃と言える。
苦境を切り開こうと、旅行業界では、ITの時代だからこそ可能になったツアーが各地で動き始めた。「オンラインによるツアー」である。その実態やこれからの展望などを体験取材を交えながらお伝えする。
まず紹介するのは、島根県の隠岐諸島でのオンラインによるツアー。これは島根県自然環境課がマスコミ関係者を対象に昨年12月から今年3月まで4回に分けて実施している企画で、第2回となる1月末のツアーに参加させていただいた。
隠岐諸島は島根半島から北へ40~80㌔の日本海上に浮かび、4つの有人島と180余りの無人島が集まる。大別して島後(どうご)と島前(どうぜん)の2地域に分けられ、有人島は、島後には島後(隠岐の島町)1島が、島前には中ノ島(海士町・あまちょう)、西ノ島(西ノ島町)、知夫里島(ちぶりじま、知夫村・ちぶむら)の3島がある。
ツアーではこれら4島を、「隠岐4大社巡り」をテーマに訪ねる。私が体験したのは、このうちの島後(隠岐の島町)へのツアーだ。オンライン会議システム「Zoom」を使い、ライブ映像による現地の方々の案内とVTRで構成する約2時間の旅を、遠く離れた自宅あるいは事務所等の画面を通して楽しめる。単に画面をながめるだけでなく、事前に自宅などに送られてくる様々なグッズを使って、同時進行で「体験」を重ねる工夫が凝らされている。
隠岐諸島の玄関口のひとつである隠岐の島町の西郷港へは、本州の七類(しちるい)港(松江市)からフェリーで約2時間半、高速船で約1時間10分で着く。空路では、伊丹空港や出雲縁結び空港と島後の隠岐世界ジオパーク空港が結ばれ、それぞれ50分、30分。離島とはいえ交通の便は比較的恵まれている。
しかし、コロナ禍がこの諸島を直撃した。隠岐観光協会によると、年間およそ6万人が訪れていた観光客が激減。角橋隼人事務局長(47)は「昨年の4~7月はゼロでしたが、それ以降はGo Toトラベルもあって前年度並みに回復し、今はまた、大変少なくなっています」という。そこで、新たに登場したのがオンラインによるツアーである。
県が主催する今回のツアーは、隠岐ユネスコ世界ジオパーク推進協議会がコーディネートし、地元の旅行会社「島ファクトリー」(海士町)が運営に協力している。
島ファクトリーは、昨年4月から会社独自に15回のオンラインツアーを成功させた実績がある。ツアー責任者の篠原絢子さん(31)は「コロナの影響が続く中、旅行会社としてどう対応するか、会議を重ね、旅に出なくても島の魅力が感じられるリモートトリップという結論に達したのです」と経緯を語る。推進協議会の野邉一寛事務局長(58)は、これまで東京や大阪などでPRすると「隠岐はどこにあって何があるかわからない。イメージもわかない」との声を聞かされてきた。コロナ禍も受けてオンラインに目を向け、「隠岐に来てもらうきっかけづくりになれば」と位置づける。
では、1月のツアーの体験をお伝えしていきたい。
スタートは、Zoom画面に用意されている。開始時刻の15時に、進行役の篠原さんが画面に登場して挨拶し、ガイドを務めるスタッフら計6名の顔写真も映し出され、ツアーらしい雰囲気に。続いて、画面は島の玄関口の西郷港に移る。当初は本州からのフェリーが到着する様子から映す予定だったが、天候不良で運行中止に。
実際の旅行なら島に行けないところだが、そこはオンラインのよさで、港に到着した後からの旅が始まる。
推進協議会の野邉事務局長が出迎え、昨年10月に港にオープンしたジオパークの拠点施設「隠岐ジオゲートウェイ」を案内しつつ、島の特徴をさらりと紹介。隠岐の島は2人の天皇が配流されたことで知られるが、それは何故なのか。2000メートル級の高山で育つ植物が海辺近くでも生育する特異な自然形態、などなど。ツアーへの期待を高めてくれる。
カメラはスイッチし、水若酢神社(みずわかすじんじゃ)の中継に入る。ここでは、忌部正孝宮司(73)による祈願と案内が行われた。ガイドは、ブータンからの留学生で隠岐島前高校3年の野口ウゲンチョデェイさん。高校に入ってから日本語を学んだということだが、なめらかに忌部宮司と話し、参加者と共に参拝した。
「オンラインによる参拝は初めてですが、コロナの早い収束と、皆様の旅の無事を祈念し、身が引き締まる思いがしました」と宮司。そして、ツアー後の取材では、「今後は体が不自由で参拝したくとも来られない方へ、こうしたオンラインによる参拝があってもいいのかなと思いました」と語ってくれた。
本殿に向かう宮司の背に、突然降りだした雪が吹き付け、「機材は大丈夫かな」などスタッフの声も聞こえたりして、ライブ感が伝わる。
宮司の説明では、水若酢神社は約1800年の歴史を持ち、忌部家は約700年続き、23代目という。「延喜式」の神名帳に記載された明神大社(約230社)の1社で、隠岐諸島にはこの明神大社が4社ある。小さな地域に何故4社も集中してあるのか。
「隠岐諸島は日本海をはさんで中国大陸や朝鮮半島があり、ここは国境となるところ。そこで神の力により国を守る必要があったため、4つの大社が祀られたのではないでしょうか」との推測をツアー後にうかがった。
古典相撲は、現在は校舎や庁舎といった公共の建物などが完成した祝にも行われ、かつては3日3晩とり続けられていたが、24時間と短くなったという。それでも、力士達は地域の名誉をかけて懸命に戦い、最高位の大関の座を争う。勝負は2回で、常に1勝1敗で終わる。1番目に勝った方が試合の勝者となり、2番目の勝負は相手に勝ちをゆずって遺恨の無い結果で終える。
「勝敗を分かち合うので『人情相撲』とも言います。隠岐の島の人の優しさが感じられる相撲です」と忌部宮司。2007年に川上健一氏の小説「渾身」(集英社)で取り上げられ、13年に映画化もされたので、ご存知の方も多いだろう。
今年は9月に役場の新庁舎が竣工するので、古典相撲が行われる予定だが、コロナの影響でどうなるかわからない。「できたらいいなと思います」と忌部宮司の心境を伝えて、画面は進行役の篠原さんに変わる。
「水若酢神社のおみくじを開けてみましょう」と篠原さんが呼びかけ、参加者は事前に送られていた箱からおみくじのダルマをだす。
パソコン画面には参加者がおみくじを出す姿が映り、早速、チャットやマイクを通して「吉です」「小吉」などの反応が寄せられる。こうした同時進行の体験共有は、オンラインの楽しさかも知れない。
カメラはスイッチし、伊勢命神社(いせみことじんじゃ)の中継に移る。ここからは、隠岐ジオパークツアーデスクの齋藤正幸さん(40)がガイド。こちらでも齋藤さんに合わせて参拝し、名神大社であることを大判の用紙に書かれた資料で説明された。
それによると、島では、水若酢神社を外宮(げぐう)、伊勢命神社を内宮(ないぐう)と呼ぶが、何故そうなっているかは不明で、隠岐の不思議の一つだと言う。この時、参加者から、「伊勢神宮では『げくう、ないくう』と宮を濁音で読まないが」との声がチャットから届く。
このへんのやりとりは、臨場感があって実際のツアーのよう。
ここで齋藤さんから、「この神社は男の神か女の神か、どちらが祀られているでしょうか。本殿の建物を見て答えて下さい」とのクイズがだされた。正解は女の神。ここでもチャットやマイクを通して答えが寄せられ、参加者それぞれは離れているが一体となって盛り上がる。単なる動画配信とは違う、オンラインツアーならではの効果だろう。
中継は隠岐の島町で唯一の酒蔵・隠岐酒造から。毛利彰社長の出迎えを受け、やはり事前に送られていたお酒「隠岐誉」で乾杯。同送の白バイ貝味付けやそば菓子をつまみながら
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