阿部岳(あべ・たかし) 沖縄タイムス記者
1974年、東京都生まれ。名護市辺野古の新基地建設や差別の問題を中心に取材する。東村高江のヘリパッド建設を追った『ルポ沖縄 国家の暴力――米軍新基地建設と「高江165日」の真実』(朝日新聞出版)で第6回日隅一雄・情報流通促進賞奨励賞。他の著書に『観光再生――「テロ」からの出発』(沖縄タイムス社)、共著に『沖縄・基地白書――米軍と隣り合う日々』(高文研)
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
[4]記者が聞いたネタは読者に還元することが絶対の条件
2015年、官房長官時代の菅義偉氏からオフレコ懇談の声がかかった時、沖縄タイムスの同僚たちは出席したものかどうか迷ったという。
ただ、沖縄政策の司令塔に直接取材できる機会はほとんどない。少しでも本音を探りたい、と割り勘で出席することにした。私が当時同じ立場だったとしたら、間違いなく同じ行動を取っていた。フライデーされていたのは私だったかもしれない。
オフレコ懇談の「罠」にメディアはどう向き合うか――[3]「菅氏が沖縄2紙と懐柔密会」報道のメッセージ
今だったら、分からない。フライデーの報道から5年後の2020年5月20日、週刊文春が報じた「黒川賭け麻雀問題」の後、選択は一層難しくなっている。
法秩序を守る検察のナンバー2、東京高検検事長の黒川弘務氏による賭博行為という大スクープ。暴かれたベールの下には、産経新聞記者と朝日新聞元記者の計3人が隠れていた。本来、文春取材班と一緒になって権力者を追及すべき立場の新聞記者は、共犯者になっていたのだった。
3人はいずれもエース級の記者だったという。業界の片隅にいる私にもそれは分かる。検察ナンバー2と雀卓を囲めるというのは、並の「食い込み」方ではない。重大な情報に接しただろうし、ここ一番のネタを書こうという時に最後に「当て」て確証を得ることもできただろう。
しかし、この3人がどれだけスクープを書いてきたとしても、全てはむなしい。黒川氏はこの時、日本中の視線を集めていた。「官邸の守護神」と呼ばれ、検事総長へのレールを敷くために菅氏が肝いりで定年を延長した。世論の集中砲火を浴びた検察庁法改正案は、この定年延長を後付けで正当化するためだと指摘されていた。
これ以上の勝負どころはなかった。報じれば黒川氏は即辞職、官邸中枢を直撃することは確実だ。全てを目の前で見て知っている以上、黒川氏に通告し書くことだけが、読者に対して責任を果たす道だった。
3人は書けなかった。せめて文春の後追いでもいいから書いて読者への責任を果たしてほしい。私は真剣に願ったが、そういうことも起きなかった。書けないのだ。食い込むほど、ネタが本質的に大きいほど、書けない。そもそも大きなネタを書くために食い込んだはずなのに。
密着取材の是非には無数の論点がある。私ももちろん完全否定はできない。ただし、記者が聞いたネタは読者のものだ。きょうではなくてもいつか必ず書いて、社会に還元することが絶対の条件になる。書かないのならそれは記者や組織による公共財産の私物化として批判されるべきだろう。
3人だけではない。新聞社の旧来型の密着取材は黒川賭け麻雀問題で勝負の時を迎え、雑誌ジャーナリズムの在野精神に完膚なきまでにたたきのめされた。ここからなんとか再起するとすれば、敗北を受け入れることが出発点になる。同じやり方を続けるわけには、もちろんいかない。
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