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権力と一体化する司法記者クラブと、マスコミ業界内のズブズブの関係

「特ダネ」誘導と同調圧力が利用される

小田光康 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

 記者クラブ問題ではしばし情報源と記者クラブのもたれ合いや癒着の構造が取り上げられる。ここでは筆者が経験した「貿易記者会」を利用した総合商社の情報統制、記者クラブの横並び体質を悪用する情報操作、権力と一体化した「司法記者クラブ」、そしてマスコミ業界内のズブズブの関係について述べていく。

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記者クラブを容易に誘導する情報提供者

 経済報道分野ではしばし記者クラブの加盟社、特に日本経済新聞社と取材先企業とのもたれ合いや癒着が疑問視される。日経新聞社が2015年に英フィナンシャル・タイムズ(FT)社を買収した際、仏AFP通信は「日経によるFT買収は文化の衝突を招くかもしれない。日経新聞は、企業の収益結果やその他のニュースを公式発表の数週間前に特権的に入手しているとされ、FTを含む各メディアから批判を受けてきた」と報じた。

 総合商社は記者発表を商社業界の貿易記者会や証券取引関連の兜倶楽部など複数の記者クラブで行うことが多い。これらで密接に関係しているのが貿易記者会だった。筆者がブルームバーグ通信の記者だった1990年代終盤、貿易記者会に加盟申請をする前の出来事だった。当時、ブルームバーグ通信は兜倶楽部には加盟していた。

 ブルームバーグ通信の南米のある支局から三菱商事の現地プロジェクト案件についての問い合わせがあった。これを同社広報に問い合わせると、「(取引)相手があることなのでお答えできません」との一点張りだった。その数週間後、日経新聞にその案件の記事が掲載された。ブルームバーグ通信が貿易記者会に加盟後、広報担当者にこの件について尋ねると、「記者クラブに加盟していなかったため、加盟社との関係もあり答えられなかった」と漏らした。

 貿易記者会では、決算発表の記者会見に兜倶楽部の2倍以上の時間を掛けていたし、記者クラブ内でのレクチャーも頻繁に開いていた。情報源は記者クラブとそれ以外でまず線引きをし、記者クラブにもその関係の濃淡で優先順位を付け、情報開示の量と質を調整している。こうして記者クラブ自体が情報源の情報コントロール下に置かれていく。

 一方で、記者クラブが悪用される場合もある。情報提供側が記者クラブ加盟社の報道を誘導することはいとも簡単だ。この主な原因は情報提供側と記者クラブ側との間に情報の非対称性が存在するためだ。

 大手マスコミ記者の場合、取材先からの経済的な誘惑に惑わされることはあまりないが、独占的な情報提供にはなびいてしまう場合が少なくない。こうして、いわゆる「特ダネ」が作り上げられる。情報のリーチ先や拡散度合い、社会への影響度を勘案して情報提供側はその情報を1社に提供するのか、記者クラブ全体に提供するかを選択することが可能だ。

 記者クラブに情報を流せば、大抵の場合どこかの加盟社が記事化する。そして、そこから同調圧力が生まれて同業他社も記事化する連鎖反応が生まれる。これが横並び報道のメカニズムだ。マスコミのこんな情報行動を情報提供側は百も承知だ。

 こうした中、情報提供側はマスコミが飛びつきそうな情報の中に都合の悪い情報を紛れ込ませて記者クラブに提供し、情報操作をすることもある。筆者が2000年代初頭に取材した名古屋の中堅ゼネコン、サワコー・コーポレーションの破綻劇を例に挙げよう。当時、国内店頭市場と米国ナスダック市場に上場するなど飛ぶ鳥を落とす勢いの同社が突然、経営悪化を示す報道資料を兜倶楽部など複数の記者クラブで発表した。そこには社員による数千万円程度の横領は大々的に、会計監査法人からの「意見差し控え」は短く控えめに記されていた。

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 国内のマスコミは社会部がこの汚職事件に飛びつき記事化した。一社が汚職事件と書くと、他社も汚職事件と書く。だが、実際の問題は「意見差し控え」、つまりは破綻事件であった。監査法人が企業への会計監査の意見を保証できない場合などでは、監査意見の表明を差し控える。この場合、粉飾決算で実質上は経営破綻している場合が多い。サワコーの場合、破綻時の負債総額は汚職額の100倍近くにあたる16億円に上った。

 監査法人から意見差し控えを受けたサワコーは米国で即座に上場廃止になった一方、国内では取引が継続されるという奇妙な状態が一時期生まれた。ニュース価値を計り損ねた横並び報道によって、損害を被った同社の利害関係者も少なくない。このように情報提供者は大衆受けする報道発表の中に、重大な事実を耳慣れない専門用語で隠蔽することもある。こうして情報提供側は記者クラブの横並び体質を利用して情報操作をすることが可能なのである。

司法権力と記者クラブによる部外者排除

 1990年代終盤、山一証券の粉飾決算事件や日本興業銀行や日本長期信用銀行の不良債権問題など日本が金融制度と会計監査制度のグローバル化の波に飲み込まれた。一連の国内金融機関の破綻劇は、宗主国の米国が経済で調子に乗りすぎた属国の日本に加えたペナルティ という側面がある。その道具が会計監査制度だ。これを操作することで、企業の収益や株価、資金調達力を左右できる。

 当時、筆者はブルームバーグ通信でチームを組んでこれらを取材した。朝日新聞から転職してきた先輩記者と新人の後輩記者が東京地検特捜部と証券取引等監視委員会を主に担当し、筆者はこれらを補助しつつデロイト・トウシュ・トーマツ などの国際会計事務所や米国証券取引委員会(SEC)、米国財務会計基準審議会(FASB)を担当した。

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 少し専門的だが、総合商社など日本の有力企業は当時から、米国預託証券(ADR)を介してニューヨーク証券取引所で資金調達をしていた。その規制当局がSECであり、会計監査人が国際会計事務所、そして日本を含め世界の会計基準に大きな影響を与えるのがFASBだった。

 国内の取材では記者クラブの厚い壁にぶち当たった。筆者らは司法記者クラブに、そこで開かれる東京地検特捜部検事への懇談への参加申請をした。すると記者クラブからは「懇談は東京地検がすることだから、東京地検に申し込んでくれ」と一点張り。東京地検からは「司法記者クラブでの経験が無いものは、参加はできない」と門前払いを食らった。記者クラブと司法権力が共謀して部外者を排除しようとしていた。

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