学者に広がる危機感、社会とは「温度差」「分断」も
2021年03月12日
日本学術会議の会員候補6人の任命を菅義偉首相が拒んだ問題に抗議するため、学者らによる緊急出版が相次いでいる。共通するのは「学問への政治介入が社会・文化や民主主義の破壊につながる」との強い危機感だ。
1月末に出版されたのは『学問の自由が危ない 日本学術会議問題の深層』(晶文社、税別1700円)。編著者は佐藤学・学習院大特任教授、上野千鶴子・東京大名誉教授、内田樹・神戸女学院大名誉教授。3人は2015年の安保法制に反対した「安全保障関連法に反対する学者の会」の発起人・呼びかけ人でもある。
出版を企画したのは、晶文社の編集者安藤聡さん。日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が昨年10月1日付朝刊で任命拒否問題の第一報を伝えたその日のうちに、内田さんに相談した。
内田さんは、安倍政権による特定秘密保護法制定や集団的自衛権行使容認などを批判する立場から『街場の憂国会議』『日本の反知性主義』などの編著書を晶文社から出していた。その担当編集者だった安藤さんは「安保法制の時と同様の問題が、こんどは学術の問題で持ち上がった」と感じ、内田さんに「複数の論者を集めて論じてもらう本を緊急出版したい」と持ちかけたという。
菅首相により任命拒否された6人の会員候補は、いずれも「学者の会」の呼びかけ人や賛同人をつとめる。「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人を兼ねる人もいる。
内田さんは任命拒否の意味について、「過去に安倍政権に批判的な発言をした人たちに対して、菅政権は発足時に、『政権批判をする学者にはいかなる公的支援も与えない』と宣言し、日本の学者たちに『誰がボスか』を教え込んでやろうとしたということだ」と考えた。「これまで1990年代以降、大学設置基準への市場原理の導入や国立大学の独立行政法人化、学校教育法改正により大学教授会を学長の諮問機関に格下げするなどの大学制度改革に、大学人が抵抗しなかった。だから今回も『学者らの抵抗はたいしたことはない』と政権は考えていたに違いない」と内田さんはみる。
しかし今回は学会が次々と抗議声明を発表するような事態になった。その背景について内田さんは、ほとんどの抗議声明が大学単位ではなく学会単位で出されたことに注目する。「学者は、大学では上位者の命令に従う『組織人』だが、同時におのれの専門的職能に誇りを持つ独立性の高い『職人』でもある。自分の職能団体のメンバーシップの査定に非専門家が口を出すことは許さない。どの職人の腕が確かかを判定する権限を素人である政治家に委ねたりしたら、もう学問は終わりだからである」
内田さんはすぐに佐藤さんに相談した。ちょうど同じころ、佐藤さんから、学術会議の問題で「学者の会として組織的なアクションを起こしたい」との連絡を受けていたからだ。
佐藤さんは学術会議の会員や連携会員を通算17年経験。会員210人のうち人文・社会科学系会員70人のまとめ役となる第1部の部長も歴任している。学術会議の問題は「政権による日本学術会議つぶしが始まった。学問の自由が戦後最大の危機にある。9月に発足したばかりの菅政権にとっても、日本社会全体にとっても、民主主義の根幹にかかわる大事件だ」と直感した。しかし、これまで学術会議会員を務めた経験から「学術会議は政府の政策に科学的基礎を与える提言活動を数多く行っており。いわば縁の下の力持ち。どのような経緯で生まれ、どんな役割を果たしているか、一般社会に知られていない。わかりやすく存在意義を説き、今回の事態題の深刻さについて広く理解してもらう必要がある」とも感じた。
佐藤さんは出版に際して「学術会議問題の決定版をつくろう」と考え、国際的な動きのなかに今回の問題を位置づけた。「政権によるあからさまな学問への攻撃は、じつは世界的なトレンド
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