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いのちで笑え!~震災から10年に思うあの日の事と今の時代を生き抜く術

忘れられない絶望の日々。復興の道はまだ遠いが、それでも笑いながら生きていく

奥田知志 NPO法人抱樸理事長、東八幡キリスト教会牧師

支援団体の代表理事に。東北通いが始まった

 支援物資や燃料を手に入れるにはどうするか。どうやって現地に届けるか――。頭に浮かんだのが生活協同組合だった。生協なら、食料はもとより衛生用品、生活用品、衣服に至るまで「生活」にかかわるすべてのものが揃えられる。輸送手段も持っている。

 困窮者支援のパートナーであったグリーンコープ生協に電話をした。すると、思わぬ返事が返ってきた。すでに物資を満載したトラックが現地に向かっているというのだ。

 「どこに運ぶ予定ですか」。「決まっていません。ともかく東に向えということで」と担当者は答えた。「だったら、仙台の青葉区のワンファミリー仙台に行って欲しい」と伝えた。

 その後、この連携は、生活クラブ生協、グリーンコープ生協、NPO法人ホームレス支援全国ネットワークを核とした「公益財団法人 共生地域創造財団」となった。現在も、石巻、大船渡、陸前高田、大槌で活動している。私は財団の代表理事として、東北通いの日々を始めることになった。

 福島第一原子力発電所の事故の深刻さは素人目にも明らかだった。避難された人々の一部が故郷を失わざるを得なくなることは明らかだった。「遠隔地避難」ということが頭に浮かんだ。すぐに北九州市長に相談し、受入れ体制として官民協働の「絆プロジェクト北九州」が設立された。

 住宅確保は市の担当。仕事は福岡県労働局。地域での受け入れは北九州市社会福祉協議会、そして、個々人に対する伴走型支援はNPO法人抱樸が担当した。暮らしに必要な家財道具は、市民の寄付(6000万円以上)によって賄われた。結局、北九州市には300人以上が身を寄せることになった。その様子はNHK総合「プロフェッショナル仕事の流儀スペシャル 絆が、希望を創り出す」で放映された。

拡大公益財団法人 共生地域創造財団のホームページ

物資を持って9世帯の漁村を訪ねる

 「最も小さくされた人に偏った支援を行う」。これが、共生地域創造財団の活動方針だ。当時、「『偏る』は公益財団としていかがか」とも言われたが、現場はそうするしかなかった。困窮者支援においても、災害支援においても。

 3月18日、最初のスタッフを東北に派遣した。私もようやく30日に被災地に入った。山形空港から陸路仙台に向かう途中、粉塵で吸気口が詰まり、タクシーはエンストした。津波の泥と瓦礫(がれき)から舞い上がる粉塵で町は灰色に。ワンファミリー仙台の事務所で迎えてくれた立岡理事長の目は、粉塵とアレルギー、そして寝不足が重なって、すっかり充血していた。だが、生協からの支援物資を百カ所以上の避難所に届ける仕組みは、すでに出来あがっていた。

 翌日、石巻市牡鹿半島にある蛤浜を、物資をもって訪ねた。蛤浜は元々、9世帯しかない漁村集落で、5世帯が津波にのまれていた。「最も小さい」という財団の方針にふさわしい場所だと言える。

 集落の高台にある集会所に、住民は身を寄せていた。3週間が経とうとしていたが、村の瓦礫は手つかずのまま。水道、電気、ガスがすべて止まった中での暮らしは想像を絶するものだった。

拡大津波の被害を受けた宮城県石巻市の鮎川浜地区。「津波警報」との情報で手助けを受けながら女性が高台を目指していた=2011年3月14日

「生きていれば、笑える日が来る」と書かれた手紙

 迎えて下さったのは、漁師であり区長であった亀山秀雄・昭子夫妻だった。瓦礫を前に、「ボランティアなどの派遣要請はしないのですか」と尋ねる私に、「ここより大変なところがあるから」と亀山さんは答えられた。九州からの物資に助けられていると感謝された。

拡大墨字で「生きていれば、きっと、笑える時が来る」と書かれた絵手紙
 昭子さんが「荷物の中に手紙が入っていて、それにみんなが慰められているんです」と言って、一枚の絵手紙を見せてくださった。クリスマスローズの花に添えられた墨字には「生きていれば、きっと、笑える時が来る」と書かれていた。「今回のことで私達はすべてを失いました。でも、今はこの言葉で生きてるんです」。涙を浮かべた秀雄さんが、手紙を見せながら微笑まれたのを覚えている。

 絶望的な悲しみの中で人は泣くしかない。慟哭(どうこく)と嗚咽(おえつ)だけが残された行為なのだ。いや、あまりの悲しみは人から泣くことさえ奪う。しかし、あの手紙は、「それだけではないのだ」と、優しく語りかけていた。

 人は生きているかぎり笑える。そう、人は「いのちで笑う」のだ。

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筆者

奥田知志

奥田知志(おくだ・ともし) NPO法人抱樸理事長、東八幡キリスト教会牧師

1963年生まれ。関西学院神学部修士課程、西南学院大学神学部専攻科をそれぞれ卒業。九州大学大学院博士課程後期単位取得。1990年、東八幡キリスト教会牧師として赴任。同時に、学生時代から始めた「ホームレス支援」に北九州でも参加。事務局長等を経て、北九州ホームレス支援機構(現 抱樸)の理事長に就任。これまでに3400人(2019年2月現在)以上のホームレスの人々の自立を支援。その他、社会福祉法人グリーンコープ副理事長、共生地域創造財団代表理事、国の審議会等の役職も歴任。第19回糸賀一雄記念賞受賞な ど多数の表彰を受ける。NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル仕事の流儀」にも2度取り上げられ、著作も多数と広範囲に活動を広げている。著書に『もう一人にさせない』(いのちのことば社)、『助けてと言える国』(茂木健一郎氏共著・集英社新書)、『生活困窮者への伴走型支援』(明石書店)等

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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