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キンドルでよみがえった松下竜一「草の根通信」

少数者のジャーナリズム「ミニコミ」の傑作

大矢雅弘 ライター

 テレビドラマ化もされた自伝的作品『豆腐屋の四季』や、反権力を貫く人々を描いたノンフィクション作品などで知られる作家の松下竜一さん(1937~2004)が心血を注いだミニコミ誌「草の根通信」がPDF形式の電子ファイルとして再び世に送り出された。1972年から2004年までの32年間、毎月発行された珠玉のミニコミ誌。反戦・平和や反核、人権など、全国の市民・住民運動に携わる数多くの読者の心をつかんだ力は、今も実感できる。

火力発電反対から始まったミニコミ全380号

拡大廃校となった小学校跡地に開設された循環施設「みやま市バイオマスセンター・ルフラン」に併設された憩いの場、ルフランカフェで、60~80代の女性たちに混じって、地域の素材を生かした郷土料理を提供するボランティア活動に参加する中村修さん=2021年2月26日、福岡県みやま市

 ネット通販大手アマゾンが手がける電子書籍「キンドル」で『草の根通信・解説』を出版したのは、長崎大学環境科学部准教授などを経て、一般社団法人循環のまちづくり研究所代表理事を務める中村修さん(63)。同書には、「草の根通信」の380号すべての号のPDFデータや全380号の記事の著者・題名などの索引データへのリンクがあり、これを経由してすべての号を無償で読むことができる。

 中村さんによると、「草の根通信」は福岡県豊前市の「公害を考える千人実行委員会」の機関誌として1972年9月に創刊された。73年2月、中津公害学習教室と豊前の「公害を考える千人実行委員会」が合同で学習会を開き、同年3月、「豊前火力絶対阻止・環境権訴訟をすすめる会」を結成し、「草の根通信」の機関誌名を引き継いだ。同年4月号からは松下さんが編集の中心になった。全国の「公害」現地を訪ね、講演会やシンポジウムを開き、環境権裁判の模様を誌上に再現するなどユニークなミニコミ誌として全国に読者を拡げていき、発行部数は当初の500部から2千部にのびた。

 多くの読者の共感を呼んだ人気の秘密の一つに、松下さんが「あっけにとられるほど、何もかも洗いざらいにさらけだしてしまう」という「あけっぴろげ方針」に徹した編集を貫いたことがある。松下さんは「私小説に毒され、おのがことをあからさまに書いてこそ文学と心得て来ている三文文士松下センセは、隠さねばならぬことを思いつきもしなかったのである。(中略)人と人とがつながっていくきずなは、勿論、その考え方であり理屈の共通性においてであろうが、それが本当のぬくもりで結ばれるには、丸ごとの人間を知ってのことでしかないだろう」と書いている。

拡大「草の根通信」の創刊号の表紙
 松下さん自身が「松下センセ」なる分身を登場させた「ずいひつ」で、自身の暮らしぶりや家族のことを赤裸々に書いた。毎号の連載をまとめたエッセー集『底抜けビンボー暮らし』など10冊近くが書籍になって出版されている。松下さんだけではなく、「草の根通信」に連載された読者の記事も、ごみ問題の実態を収集作業に当たる自治体の現業職員がつづるエッセー集『ゴミにまみれて』(坂本信一著、ちくま文庫)など、書籍として出版されたものも少なくない。

 環境権訴訟は81年に控訴審でも敗訴し、最高裁で審理は続いたが、「もはや豊前火力反対運動が実質的に終わった」として82年1月、「豊前火力絶対阻止・環境権訴訟をすすめる会」は解散した。運動体が解散すれば、その機関誌も廃刊になるのが普通だ。しかし、松下さんは「読者の支持の熱さを裏切れぬということに尽きる」と書き、発行し続けた。82年2月号からは「草の根通信」のサブタイトルを「豊前火力絶対阻止」から「環境権確立に向けて」に変えた。その後、「草の根通信」に掲載されるテーマは拡大し、読者も全国に広がった。反戦・平和や反核、反原発、環境問題、教育、死刑廃止など市民・住民運動に携わる人たちからの寄稿も増え、その輪がさらに広がっていった。

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筆者

大矢雅弘

大矢雅弘(おおや・まさひろ) ライター

朝日新聞社で社会部記者、那覇支局長、編集委員などを経て、論説委員として沖縄問題や水俣病問題、川辺川ダム、原爆などを担当。天草支局長を最後に2020年8月に退職。著書に『地球環境最前線』(共著)、『復帰世20年』(共著、のちに朝日文庫の『沖縄報告』に収録)など。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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