Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【3】
2021年03月29日
2019年9月、アメリカ下院議会の国土安全保障委員会に風変わりな男が現れた。ワシントン・ポスト紙(2020年9月12日付)は、このむさくるしい身なりの退役軍人の男が、フィリピンの養豚場のオーナーであり、日本でポルノサイトも管理していると伝えている。趣味は万年筆の収集とのことだ。長らくフィリピンに在住し、最近になってアメリカに戻った(ワシントン・ポスト2019年8月16日付)。
フィリピンには3.11の直後から在住していると、2012年にある取材で記者の質問に答えている(インタビューの様子はジム氏自身がyoutubeに動画をアップしていたが、現在は削除)。養豚場の他には、ハエの幼虫の養殖もしていたそうだ。マニラには彼が経営するオーガニックフードの店もあった。ヨガの店も経営していたとのこと。
この男には日本のネット事情に詳しいマニアは見覚えがあるはずだ。そう、2014年、クーデターのように2ちゃんねるから西村博之氏を追放し、経営権を奪取しオーナーの座に収まったジム・ワトキンス氏である。
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【1】
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【2】
ジム氏については前回までにすでに書いたとおりだ。米軍に勤めながら、サイドビジネスの「ゴーゴーバー」や墓地の管理などをしつつ、ポルノサイトの運営をしだした。どういう経緯かわからないが、海外にサーバーを置いて日本の法規制を逃れるためのホスティングを日本向けに行っていた。その流れで北海道のウェブ関連会社とビジネスをはじめ、あるとき2ちゃんねるのサーバーの管理を担当することになった。
そしてそこから10数年後には、日本最大の匿名掲示板である2ちゃんねるを手に入れることになる。
ジム氏は2ちゃんねるの経営権を掌握した後、これに関わる裁判のうち唯一敗訴した商標権の問題から、そのサイト名を「5ちゃんねる」と改めていた。西村氏は「2ch.sc」という2ちゃんねるのコピーサイトを立ち上げてジム氏に対抗していたが、ジム氏の5ちゃんねるを脅かすような立場にはならなかった。ユーザーのほとんどは、これまでとおりに2ちゃんねる、そしてそこからサイト名称が変わった5ちゃんねるを利用したからだ。西村氏の敗北である。
ワシントン・ポスト紙をはじめとする大手メディアは、ジム氏の経歴を不可解そうに伝えるばかりである。youtubeやブログで現れるジムはいつも短パンにアロハシャツのようなラフな姿で現れる。この男が、アメリカでもっとも悪名高い匿名掲示板のオーナーなのかということが不思議でならないという論調だ。
そのジム氏が米下院議会に姿を現したのは、証人として召喚されたからだ。2019年に立て続けにおきた白人至上主義者の無差別銃撃が、彼が2ちゃんねるのノウハウをもとにアメリカで経営をしていた「8chan」が原因ではないかと目されたのだ。
2019年3月、ニュージーランドの南島の中心地、クライストチャーチの2つのモスクで、20歳の若者によるイスラム教徒を狙った無差別銃乱射事件が起きた。この事件では51人が死亡した。この事件はニュージーランド史上最悪の事件とされている。
犯人は白人至上主義の極右思想をもつ若者で、犯行はまったくの一人で行われた。異様なのは、犯人がこの殺人をFacebookでライブ配信していたことだ。ヘッドマウントカメラからは、老若男女問わずに自動小銃を撃ち続け、モスクの床に転がる犠牲者に一人ずつとどめの銃撃を加えているシーンがライブ中継された。犯人によって、このライブをみるためのリンクが8chanに貼られていた。「リンク先に行くとライブ中継が見られます」とは犯人の8chanへの書きこみだ。
それからまもない2019年4月、ユダヤ教の重要な祭式の過越祭の最終日に、米サンディエゴ郊外のユダヤ教の礼拝所に男が乱入した。
犯人は19歳の白人の若者。ユダヤ人を非難する言葉を喚き散らしながら自動小銃を乱射し、60歳の女性が死亡。犯人はすぐに逮捕された。ここでも犯行声明のようなものが8chanに書かれていた。そのなかでは反ユダヤ主義の思想とともに、前月のニュージーランドのモスク襲撃事件を賞賛する内容が書かれていたという。
そして2019年8月、また8chanに犯行予告とされるマニフェストが投稿され、予告通りに米テキサス州のエルパソの休日で家族連れなどでにぎわうショッピングセンターのウォルマートで銃乱射事件が起きた。犯人は21歳の白人男性。ターゲットとなったのはメキシコからの移民だった。ヒスパニックの侵略と戦うためとマニフェストに書かれていた無差別銃撃は、罪もない22人の命を奪った。
最初のニュージーランドの無差別乱射事件の時から、はやくもこの犯行は8chanが原因だと目されてきた。全く野放しの人種と民族の差別投稿、女性差別、陰謀論が、孤独な若者たちを引き寄せて犯罪をつくりあげる。無差別銃撃の犯人は、8chanではヒーローとして扱われた。殺戮現場を実況中継する犯人の投稿には「ハイスコアを目指せ」と、犯行を賞賛するレスがつけられていた。スコアとは犠牲者の数のことである。犯人をガンマン、犯行をアニメやゲームの作品のように「オリジナルコンテンツ」と呼び、世界をもっと住みやすくするためにオリジナルコンテンツをもっと増やそうと、次々と匿名の投稿者によって呼びかけられていた。
ワシントン・ポスト紙は、8chanを「もっとも悪意に満ちた差別主義者の憎悪の隠れ家」と呼んでいる。VICE誌は「憎悪があふれかえる不思議の国」、ウォールストリート・ジャーナル紙は「無差別テロとのつながりがある極右主義ののプラットフォーム」、ウェブニュースサイトのスプリンターは「インターネットを不気味な場所にする肥えだめ」という。さらにAP通信は、8chanは「暴力的な差別主義者がアイデアを共有したり、お互いを賞賛しあったりしている場所」とし、さらにそこでは「言論の自由の名のもとに、ユーザーは投稿を検閲されることはない」とも伝えている。
スカイニュースは、最初のニュージーランドでのモスク銃乱射事件の直後に、犯行を自らライブ中継する動画のURLが書き込まれた8chanについて、その存在をまだよくわかっていないニュージーランドやオーストラリアなどの英連邦圏の人たち向けに解説している。
8chanとはインターネットの匿名の画像掲示板であり、露骨で攻撃的なコンテンツが多い。ビデオゲームや日本のアニメなどの話題もあるが、ヘイトスピーチとユダヤ陰謀論やマイノリティ差別や性差別の言葉はおびただしく書き込まれている。ムスリム憎悪や極右的な書きこみもある他、ポルノやスキャンダラスな児童虐待の噂や個人攻撃の嫌がらせの数々などが広がる拠点となっている。今回のテロ銃撃事件でも、ナチスの画像やユダヤ人差別の言葉とともに、その行為はユーザーたちに賞賛されている、
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