清義明(せい・よしあき) ルポライター
1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【4】
2003年、クリストファー・プールという15歳の日本のアニメとゲーム好きのアメリカの青年がいた。日本オタクと言っていいだろう。彼は日本の「ふたばちゃんねる」という画像掲示板によくアクセスしていた。アニメやコミックのキャラクターのパロディ画像やゲームなどの最新情報が手に入ったからだ。
ふたばちゃんねるは、2ちゃんねるから派生した画像専門の匿名掲示板である。
その青年は同じように匿名の画像掲示板の英語版をつくりたいと思った。プール氏は夏休みをかけて、ふたばちゃんねるのスクリプトを利用して自分の画像掲示板をつくった。彼はその名前を2ちゃんねるとふたばちゃんねるから生まれた匿名掲示板として「4chan」と名づけた。
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【1】
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【2】
Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【3】
最初の頃は、自分のベッドルームでサイトを運営していたため、両親でさえプール氏が4chanの管理人とは知らなかったそうだ。もちろん最初は管理人であるプール氏も匿名であった。ハンドルネームは「ムート」であった。
そんな4chanだから、もともとはアニメやジャパニーズカルチャーに特化した掲示板だった。だから、今でも4chanの掲示板リストのジャンルの最初は「ジャパニーズカルチャー」で、そこをのぞいてみると日本のアニメのキャラクターの画像ばかりが投稿され、このジャパニーズカルチャーのコーナーの他の板には、「萌えキャラクター」「コスプレ」「ゴスロリ」ロボットアニメなどの「メカ」、さらには「バーチャルYoutuber」の板もある。ジャパニーズカルチャーに続くのは「ビデオゲーム」である。
日本の2ちゃんねる(5ちゃんねる)と同じく、アダルト向きの板もある。そこには、そのものズバリ「Ecchi=エッチ」やら「Hentai=変態」やら、さらには「Yuri=百合(女性同性愛)」や「Yaoi=ヤオイ(少年愛)」なども日本語そのままを英語にした板のタイトルが並ぶ。開設当初は「ロリコン」の板まであったという。板のタイトルは「Lolikon」で、これは英語のロリータコンプレックスの表記ではなく、日本語の「ロリコン」の直訳である。なお、この板は、児童ポルノに極めて厳しいアメリカでは長くは続かず、すぐに廃止された。
これでお分かりのとおり、2ちゃんねると同じくアンダーグラウンドの掲示板であり、しかも極めてオタク向けなのだ。
日本のコンテンツをテーマとするだけではなく、サイト自体もふたばちゃんねるを通じて2ちゃんねるそのままの用語も多数ある。例えば、掲示板内のスレッドを最新の位置にあげないためのコマンドは「sage」、匿名掲示板のなかで個人を識別するのは「tripcode」(これは「ひとり用キャップ」という日本語と英語のミックスの略称で英語由来ではない)などもそうだ。
「4chanのユーザーは統計では、若いオタクで、ほとんどは男性です。英語の掲示板ですから、ユーザーも英語圏です。アニメやゲームやテクノロジーやテレビの話題などが楽しまれています」
プール氏は4chanの人気の秘訣について、2009年にオーストリアのウィーンで開かれたシンポジウムで語っている。
「禁止されている投稿はなく、今はネットでは普通になっている、アカウントの登録も認証も必要ありません。個人の情報は必要なく、メールアドレスも名前も年齢も何も必要ではありません。匿名性が重要なのです。もちろん名前を出すことはできますが、4chanでは匿名の投稿が推奨されます。だからデフォルトの投稿者の名前は『名無しさん(アノニマス)』なのです」
匿名であることは、ユーザー間に平等をもたらす。権威もネームバリューも経歴も何も必要なく、ただ書いたことがどれだけ価値あるかだけが問われる。2ちゃんねるでもみられた疑似的なデモクラシーコミュニティがそこにはあった。