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アイヌ差別と「かつてダジャレであったもの」

「言葉狩り」批判は差別への意図的な加担でしかない

赤木智弘 フリーライター

差別であると知った上でもなお「言葉狩り」を憂える人たち

 この言葉を発してしまったお笑い芸人は、この言葉が差別であることを知らなかった。しかしそれを知って謝罪を行った。だが、「言葉狩りだ」などと主張する人たちは、この言葉が差別であることを知ってもなお「その言葉を自由に言わせろ!」と主張しているのである。

 知らなかった時点の話ならまだしも、これがニュースになり報じられ、その言葉がアイヌの人たちに使われた差別用語だと知った後に言葉狩りといいだすのは、差別への意図的な加担でしかない。

 彼らは「犬とアイヌをかけただけのダジャレじゃないか。差別なんて大げさだ。反発する方がおかしいじゃないか」と主張する。

 例えば外国人がこっちを見て「Hey! JAP!!」と声をかけてきたときに、僕はこれを侮辱であると感じる。しかしそれを指摘したことに対して「JAPというのはJAPANの前3文字をとっただけ」と言い返されたとしたら、納得できるだろうか。

 僕は納得しない。なぜならJAPという言葉は日本人に対する蔑称として広く知られており、その意味を決して無視することはできないからである。

 本当に知らなかったとしても、

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筆者

赤木智弘

赤木智弘(あかぎ・ともひろ) フリーライター

1975年生まれ。著書に『若者を見殺しにする国』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』、共著書に『下流中年』など。

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