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監視国家化を狙う菅首相のメディア政策は総務省接待疑惑でも終わらない

菅首相の「天領」である総務省がからむ「大きな絵図」には用心が必要だ

徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)

 菅義偉首相が一番頼りにしていた総務省、しかも腹心の谷脇康彦総務審議官が、高額接待を受け失脚した。国の行く末について大きなビジョンを語ったことのない菅氏は、携帯電話料金の値下げなど眼の前の国民受けする政策で得点を稼ぐ、野球でいうならホームランや長打ではなくバットを短くもち短打で出塁するタイプの政治家だが、大きな命脈を断たれることになった。

 とはいえ、国民のセンシティブな情報を手中におさめるデジタル庁新設は着々と進み、NHKをはじめとする放送局支配が強化されるなど、「監視国家」「権威主義国家」に向かう菅首相のメディア政策が潰(つい)えたわけではない。憲法で保障される言論・報道の自由などはおかまいなしの「情報管理」は、むしろ盤石になっているかのようだ。

参院予算委に出席した谷脇康彦・前総務審議官=2021年3月15日

モリ・カケ・サクラと同じ構図

 総務官僚や歴代総務相への大規模な接待疑惑は、よりによって放送事業関連会社「東北新社」に勤める長男正剛氏の動きから発覚することとなった。

 正剛氏は菅首相が総務相のときに秘書官を務め、その後菅氏と創業者が昵懇(じっこん)の間柄である東北新社に就職。同社幹部と総務官僚との会食の場をセットしてきた。 安倍晋三政権時代をふくめて権勢を誇る菅氏の長男の誘いは断りにくい。

 総務省は、総務副大臣や総務相を務めた「殿様」の菅首相にとっていわば「天領(直轄地)」。菅首相が強い影響力をもちつづけてきた天領の「家老」が谷脇氏で、携帯値下げなどの肝いり政策を担ってきた。

 もう一人の腹心が総務審議官だった山田真貴子・前内閣広報官だ。首相官邸に取り立てられ、報道各社などから情報を集める「女忍(しの)び」のような役割を果たしていた。その山田氏も1回あたりの会食で7万円を超える高額接待を東北新社から受け、さらにNTTからも接待され、辞職に追い込まれた。

 自民党内で派閥に属さず、これといった後ろ盾のない菅氏のとっては、手足をもぎとられたようなものだ。後手に回るコロナ禍対応や、東京五輪へのリーダーシップなど数々の難題を抱える首相に、容赦ない試練が降り注ぐ。

 だが、これは「身から出た錆(さび)」ともいえる。身内である長男への総務官僚の「忖度」は、安倍前首相が関係した森友・加計学園への便宜、「桜を見る会」の公私混同などと根は同じに映る。

 菅首相の「長男は別人格で民間人だ」という国会答弁を聞くにつけ、安倍前首相が森友問題に関係した妻昭恵氏のことを「私人だ」と言い張ったことを思いださずにおられない。

センシティブ情報を握り国民を縛る

 東北新社がからむ衛星放送の許認可権やNTTがからむ携帯電話の電波の利用権限は、すべて権力、言い換えれば菅首相の権力によるもので、煎じ詰めれば国民を縛るメディア政策にたどり着く。これについて説明したい。

 菅首相の看板政策の「デジタル庁」創設などを柱とする「デジタル改革関連法案」の国会審議がはじまった。しかし、マイナンバーの所管を、総務省や内閣府からデジタル庁の一元的な体制に移行することから、個人情報保護の観点やデジタル機器に不慣れな弱者支援をめぐり、疑問の声が上がっている。

 たとえば、税金や病歴、前科前歴などさまざまな分野の情報を横に繋いで一元化し、「国民支配」に利用する危険性がある。衆院内閣委員会で野党議員が「一番心配なのは、監視国家に向かっていくことだ」と指摘すると、平井卓也デジタル改革相は「監視社会型のデジタル化の最たるものは中国だ」「非常に効率的」と認めたうえで、「監視社会は全然想定していない、日本として守っていきたい一線だ」と述べ、担当相自身がその危うさを認識している様子をうかがわせた。

 菅首相は詰めなければならない数々の問題を抱えるこの法案を、4月上旬にスピード成立させたい意向だ。菅政権発足当初からのメディア政策の根幹をなすもので、是が非でもあげたいのだろう。ここで注目したいのは、63本もの新法や改正案を束ねたこの法案について、コロナ禍や高額接待問題に追われる野党が十分な検討をせず、報道もほとんどされていないことだ。

 欧米と違い、日本には情報を扱う機関への監視システムは整備されてない。デジタル(AI)という高度な技術によって、国民は自らのセンシティブな情報を国に握られ、支配される事態になりかねない。

自民党大会であいさつをする菅義偉首相=2021年3月21日、東京都港区

政治家、官僚、メディアの動向を徹底リサーチ

 菅首相の政治的手法であろうが、政治家や官僚、新聞・放送記者らの動向を神経質なまでにリサーチし、先手を打って従わせようとする。これは国民に対しても同様であり、コロナ禍対応の改正特別措置法と感染症法によって国民に罰則を科した。これがコロナ対応の失策をまるで国民の責任にしたかのようで、不評を買ったのは記憶に生々しい。

 こうした菅氏の強権的な体質は、権威主義国家化という世界的な潮流とも符号する。スウェーデンの国際調査機関「V-Dem」によると、2019年現在の世界の民主主義国家と権威主義的な国家数は、「87対92」で権威主義国家が上回る。民主主義国家が過半数を割ったのは2001年以来という。権威主義国家はアジアや中東などに多いが、世界全体の政治潮流が権威主義化しているのは確かで、欧州においても専制が進むオルバン政権のハンガリーがその一つに数えられる。

 菅首相の政治手法も、官房長官時代から権威主義的と思えてならない。その点で、「デジタル庁」創設の背後にひそむ、監視国家化と国民支配の構図には留意しなければならないだろう。

 放送政策にも目を向けると、安倍政権時代からつづく放送現場への介入は枚挙にいとまがない。最近では、NHK「ニュースウォッチ9」の有馬嘉男キャスターを降板させる不自然な人事があった。

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