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[51]横浜市の「水際作戦」を告発~生活保護の精神をないがしろにする自治体の現実

住まいをめぐり理不尽な行政対応が頻発。「当たり前の権利」と認識を

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 3月9日、横浜市神奈川区役所の会議室。

 区の福祉保健センターの担当部長をはじめとして、課長、係長ら5人の職員が一斉に立ち上がり、深々と頭を下げた。

 「今回の案件につきまして、 A様の心配事に寄り添えずにきちっとした相談対応ができなかったこと、生活保護の申請をしたいとお話されているにもかかわらず、結果的に申請を受けなかったことは、大変、申し訳ございませんでした。」

 抗議に訪れていた私は、職員たちの後頭部を見つめながら、既視感を拭うことができなかった。

謝罪する横浜市神奈川区の福祉保健センターの担当部長ら=2021年3月9日、神奈川区役所

虚偽説明繰り返し申請書受けとらぬ神奈川区職員

 この日、横浜まで足を運んだのは、2月22日に神奈川区の福祉事務所で生活保護の申請に訪れた20代の女性(Aさんとする)に対して、面接担当の職員が悪質な「水際作戦」(生活保護の窓口で相談者に申請をさせないこと)をおこなったことに抗議するためである。

 住まいを失って相談に来た女性がアパートに入って生活したいと訴えたにもかかわらず、対応した職員は「ここの場合、家のない状態だと、施設にご案内する形になっている」、「申請したとしても、所持金額(約9万円)が基準を超えているので却下になる可能性がある」等と、制度に関する虚偽の説明を繰り返した。

 Aさんは自作の生活保護の申請書を持参していると言ったものの、職員は「申請の紙は、お申込みの時にお渡しするので、前もってお渡しするということはしていない」と断言し、申請書を受け取ろうとはしなかった。

 困ったAさんは、Twitterで支援団体関係者に相談。私たちが引き継いで支援した結果、彼女は他の自治体で生活保護を申請することができたが、神奈川区の不当な対応を糺すため、私が代表を務めるつくろい東京ファンドなど6団体は、3月9日、神奈川区福祉事務所に抗議・申入れをおこなった。申入れにはAさんも参加し、担当部長はその場で本人に謝罪した。

神奈川区福祉保健センターによる生活保護申請の相談者に対する不当な対応についての申入れ=2021年3月9日、神奈川区役所

全国で続発する「水際作戦」

 同日夕方、横浜市も市役所で謝罪会見をおこなった。市の担当者は、Aさんに制度に関する誤った説明をしたことを認め、謝罪をした上で、今後、職員に対し、面接時の適切な取扱いについて周知し、当事者の意思を尊重した対応を徹底すること、生活保護制度についての職員研修を強化する等の再発防止策を実施することなどを発表した。

 横浜市がすぐに謝罪に追い込まれたのは、Aさんが窓口でのやりとりをスマートフォンで録音していたのが、動かぬ証拠になり、言い逃れができなくなったからではないか、と私は考えている。同様の水際作戦は、他の自治体でも頻発しているが、私たちが抗議はしても、「そんなことは言っていない」と事実認定において水かけ論になってしまうことが多いからだ。

厚労省が保護原則を強調も、法に逆行する対応横行

厚生労働省ホームページの生活保護紹介のページ。「住むところがない人でも申請できます」「施設に入ることに同意することが申請の条件ということはありません」と記している
 生活保護法には「居宅保護の原則」があり、施設の入所を強制することは禁じられている。

 しかし、実際には横浜市に限らず、住まいのない状態の生活困窮者が相談に訪れた際、施設に入所することを生活保護の前提であるかのように説明をしている自治体は少なくない。

 厚生労働省は公式サイトの生活保護紹介ページで、「住むところがない人でも申請できます。」「例えば、施設に入ることに同意することが申請の条件ということはありません。」とわざわざ説明をしているが、現場ではそれが守られていない実態がある。

 福祉事務所が紹介する宿泊施設の多くは、相部屋の環境になっているため、コロナの感染リスクやプライバシーを考慮して忌避する人は少なくない。職員もそのことを理解しているはずだが、施設入所以外の選択肢をあえて示さないことにより、生活保護申請をあきらめさせる、というソフトな水際作戦は各地で横行している。

 今回、神奈川区はAさんに対して、当面、ホテルやネットカフェでの宿泊を認め、早期にアパートに移るための初期費用を支給する、という対応を取ることもできたはずであった。しかし、対応した職員は面談の冒頭から「おうちのない状態だと、ホームレスの方の施設があって、そちらに入ってもらう。そちらは女性の方なので女性相談になる。」と、施設入所が前提であるとの説明をおこなっていた。

組織的な追い返しが恒常化か

 また、神奈川区の部長は、Aさんに直接、謝罪する際も「結果的に申請を受けなかった」という表現を使い、追い返しの意図はなかったと釈明したが、録音記録は今回の対応が組織的なものであった可能性を示している。

 Aさんの面談をおこなった職員は、途中、席を立ち、同僚に対応の相談に行っており、しばらく帰ってこなかった。戻った後の対応は、さらに悪化しており、「所持金額(約9万円)が基準を超えているので、申請しても却下になる」と嘘の説明を繰り返し、Aさんを申請断念に追い込んでいくプロセスが克明に記録されている。

 こうした経緯は、今回の水際作戦がこの職員個人の問題ではなく、所内で意図的な追い返しが日常的に行なわれていたことをうかがわせるものである。

 横浜市は現在、昨年12月から今年3月9日までの全ての区の生活保護窓口での面接相談記録を総点検し、不適切な事例が他にもあった場合、相談者に改めて連絡をするとしている。

 Aさんは自分のような被害に遭った人が他にもいるのではないか、ということを心配していた。彼女の勇気ある告発が、生活保護行政の改善につながることを願ってやまない。

 私が神奈川区の部長らの謝罪に既視感を感じたのは、他の自治体でも同様の謝罪シーンを何度も見たことを思い出したからである。

1年半で5自治体が謝罪。台東区は避難所への入所拒否

 数えてみると、私がこの1年半で自治体の抗議・申入れに参加し、責任者が謝罪したケースは、今回で5回目にのぼる。

 1回目は、1年半前の台東区への申入れである。

 2019年10月、大型の台風19号が関東地方を直撃した日、台東区の自主避難所で路上生活者が入所を拒否されるという事件が起こった。

 私たちは地元のホームレス支援団体とともに台東区に抗議し、台東区長は謝罪コメントを発表した。災害時に住まいのない人は避難所で受け入れないという区の方針の策定には、福祉事務所も関与していたことも明らかになった。

 台東区はその後、災害時に路上生活者を受け入れる避難所を設置するという方針を示している。

自主避難所への路上生活者の入所拒否事件をめぐる台東区への申入れ=2019年10月

新宿区は一方的に支援打ち切り、87人を路上に追いやる

 2020年6月には、新宿区に申入れをおこなった。

 当時、緊急事態宣言の影響でネットカフェが休業になり、そこで寝泊まりをしていた人たちへの緊急支援策として、東京都がビジネスホテルの提供をおこなっていた。

 ビジネスホテルを活用した宿泊支援は、東京都の窓口だけでなく、各区の窓口でも受付が行われていたが、新宿区は独自の判断で5月末に宿泊の延長を打ち切り、87人を一方的にチェックアウトさせるという事件が発生した。

 この問題は宿泊支援を打ち切られて、路上生活に追いやられた人が私たちに相談をしたことで発覚し、私たちが抗議した結果、新宿区長は謝罪コメントを発表。新宿区福祉事務所は支援を打ち切った人々に個別に電話をして連絡をとり、連絡がついた人の宿泊支援は再開された。

新宿区への抗議=2020年6月

所長が誤り認めぬ足立区。区長への抗議を経て解決

 2020年10月には、足立区に申入れをおこなった。

 足立区では、住まいのない状態から生活保護を申請し、ビジネスホテルに宿泊していたアフリカ出身の日本国籍の男性が、開始からわずか4日後に保護を廃止されるという問題が発生した。

 足立区福祉事務所は、保護が決定した10月8日(木)と翌9日(金)に計3回、ホテルのフロントに電話をして、折り返しの連絡をするように伝言したものの、男性から連絡がなかったため、男性が失踪したと判断し、週明けの12日(月)に廃止処分をおこなっていた。

 実は、男性はその間もホテルに宿泊をしており、ホテルの部屋の電話機から役所に電話をしようとしたものの、架け方がわからなかったようである。生活保護が廃止になった結果、男性は路上生活に追い込まれてしまった。

 この異例の廃止決定に対し、私たちは足立区福祉事務所長宛に抗議文を提出したが、所長は私たちとの話し合いの場で、廃止決定は適正な手続きであったと譲らなかった。

 そこで、私たちは後日、改めて区長宛の抗議・要請書を提出。事態を深刻に受け止めた区の上層部が総務課を窓口にして(福祉事務所には関与させない形で)調査をおこなった結果、足立区はようやく廃止処分が誤りであったと認め、副区長が直接、本人に謝罪をおこなった。生活保護の廃止処分は撤回され、保護は再開された。

生活保護の廃止処分の誤りを認め、謝罪する足立区副区長=2020年11月
 この件で当初、非を認めなかった所長は別の部署に異動になった
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