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半世紀以上前の「ママさん選手」と、不屈の柔道家がオリンピックに遺したもの

日本スポーツ界の2人のレジェンド、古賀稔彦氏と小野清子氏を悼む

増島みどり スポーツライター

三四郎から古賀稔彦へ 時代が代わり新しい自分を磨くのを楽しみにした古賀氏

 昨年3月、ギリシャのオリンピアから空路運ばれてきた聖火を、航空自衛隊松島基地で受け取った聖火リレーアンバサダー、柔道の野村忠宏氏(46)は、特別な心境でリレーのスタートを見守った。奇しくもリレースタート前日の24日、53歳で亡くなった大先輩、古賀稔彦さんを悼み「高校時代にバルセロナ五輪の金メダルを見て以来、自分にとって憧れの柔道家でした。先輩は5月、故郷で走る予定でとても楽しみにしていたそうです」と、肩を落とした。

 古賀氏は昨年がんが発見され、腎臓の摘出手術を行ったという。闘病中も、柔道部総監督を務めた環太平洋大(岡山)、自身が開設した古賀塾(川崎)など各地で、周囲に気を使わせないよう指導活動を続けていた。

 1988年ソウルから五輪3大会に連続出場し、92年のバルセロナ五輪71キロ級では、現地での練習中にひざのじん帯を損傷。それでも金メダルを獲得した伝説は言うまでもない。1990年4月の全日本選手権も、日本のスポーツ史に不滅の1ページを

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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