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「1週間500球」の球数制限では球児を守れない──エースの悲劇に思う

氏原英明 スポーツジャーナリスト

 また甲子園という舞台は、一人の逸材の身体を傷つけてしまった。

 第93回選抜高校野球大会でのこと。準決勝第2試合の4回途中から登板した中京大中京(愛知)のエース・畔柳亨丞(くろやなぎ・きょうすけ)は6回を3者連続三振に抑えると、右肘の異常を訴えてベンチ裏に引き上げた。腕に力が入らなくなりそのまま交代となった。

 「疲労が抜けていなくて準備している時から肘が重いというか、力が入らない状態だった。なんとかチームを勝たせたい一心で投げていたんですけど、途中降板してしまって申し訳ない思いでいっぱいです。3者連続三振を奪ったときに行けるかなと思ったんですけど、ベンチに帰ったときには力が入らなかったです」

 投手としてもっとも大事な感覚が失われていた。何とかマウンドに上がることを望んだが、違和感は拭えず。交代の決定にうなずくしかなかった。

中京大中京(愛知)のエース・畔柳は準々決勝までの3試合をほぼ1人で投げ、準決勝ではリリーフとして登板したものの途中で降板した中京大中京(愛知)のエース・畔柳は準々決勝までの3試合をほぼ1人で投げ、準決勝ではリリーフとして登板したものの途中で降板した

 エースの異変に気づいていたという中京大中京の高橋源一郎監督が降板の経緯を明かす。

 「毎回、ベンチに帰ってくるたびに大丈夫かってチェックしたんですけど、そのイニングは畔柳がベンチ裏で処置を受けていたので声をかけられなかったんです。試合も進んでいましたし、采配をしていた。深くは確認していないのですが、行ける状態じゃないという報告があったので、何かあったんだなと」

 高校野球では、限界を超えている選手がいても球児の精神性にかけて続投させるケースがある。メディアもそこに同調する傾向もあり、感動・美談としてもてはやされる。しかし、今回ばかりはそれがなかった。つまり、それほど畔柳の状況が酷かったと言える。

あまりにも緩い球数制限

 今大会の畔柳は同じく準決勝で敗退した天理(奈良)のエース・達孝太とともに評価を上げた右腕だった。大会最速となる149キロを計測、高めに力強く投げ込み、スライダー、チェンジアップを投げ分ける。パワー主体のピッチングは対戦相手の打者たちを黙らせた。

 ただ、好投を見せつけたぶん、投球数が嵩み疲弊していた。1回戦は9回を完封して投球数は131球。2回戦は7回110球でマウンドを降りたが、29日の準々決勝では、こちらも138球を投げ込んでいる。今大会から「1週間500球」の球数制限により、準決勝は121球までしか投球ができないことになっていた。それもあって、先発回避をしたのだったが、チームの窮地に2番手でマウンドに上がったところ、悲劇が起きたのだった。

 こうした今大会最速右腕の負傷交代があったことで、クローズアップされるのは、先にもあげた1週間500球の球数制限の是非だ。

 球数制限ルールは2019年の有識者会議の答申をへて2020年から実施されることになった。近年の投手の登板過多が社会的な問題となり、日本高野連は改革を迫られた。この決定より1年前に、新潟県高校野球連盟が独自の球数制限ルールを実施すると発表したことも大きい(その後、翻意)。医学者や元プロ野球選手、大学野球の指導者や研究者などの知見を結集して決められたのが、「1週間500球」のルールだった。

「投手の障害予防に関する有識者会議」座長の中島隆信・慶応大商学部教授(中央)、右は宇津木妙子・日本ソフトボール協会副会長、左は小宮山悟・早大野球部監督「1週間500球」という球数制限の案を答申した「投手の障害予防に関する有識者会議」座長の中島隆信・慶応大商学部教授(中央)、右は宇津木妙子・日本ソフトボール協会副会長、左は小宮山悟・早大野球部監督

 もっとも、このルールは施行が決まってから懐疑的に見る目も少なくなかった。

 というのも、

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