【1】夫の姓を通称に使用している女性が8割
2021年04月10日
選択的夫婦別姓の導入に賛成する意見は、様々な世論調査ではすでに多数派になっているが、にもかかわらず法改正は実現せず、国会における議論さえなかなか進まない。日本では長らく「夫婦が同じ姓なのは当たり前」とみなされてきたかもしれないが「『法律で夫婦の姓を同姓とするように義務付けている国』は、我が国のほかには承知していない」ことは政府も認めている(2015年10月6日付参議院での政府答弁書)。それでは諸外国では結婚後の姓はどんな制度によって定められ、人々はどのような選択をしているのだろうか。ヨーロッパを中心に、各国在住のライターがリレー形式で連載する。[全6回]
フランスでは、出生時に出生証明書に登録された姓名が、結婚しようがしまいが、一生を通じてその人の法律上公式の「本姓名」である。そして、日本で通称として女性が旧姓を使用するのとは逆に、夫の姓を通称として使用する女性が多数派だ。既婚女性が出産後も出生姓を名乗り続けると、子どもと姓が違ってしまうというジレンマを解決するために、近年は、複合姓を望む人々が増えた。
私は30年前、フランスに来て、事実婚を経てフランス人の夫と結婚した。最初は日本名である自分の出生姓を名乗っていたが、その後は複合姓になり、今は夫の姓を名乗っている。
はっきりしておきたいのだが、現在、私が夫の姓を使用する本当の理由は、私が家父長制度に賛同しているからでは断じてない。私は、カトリック教会というフランスでは保守的な職場で教会オルガニストをしており、まだ駆け出しだった頃、圧倒的にフランス人、白人、男性が多い職種で仕事をゲットしていくためには、夫の姓を使用する方が好都合だったからだ。
そして10年前、フランス国籍を取得した。身分証明書には次のように記載されている。
姓:YAMADA
PRADOの妻
名前:HANAKO
出生姓、結婚相手の姓、名前の順であり、これは結婚した女性にとってもあくまで出生姓が本姓であることを示している。
姓に関する歴史をたどってみると次のようになる。ヨーロッパでは、10世紀まで、姓は存在しなかった。「のっぽのマキシム」といったあだ名や、「鍛冶屋のジャン」、「木こりのマルタン」などと職業と名前で呼ばれていた。人々は小さな地域社会で暮らしていたのでそれだけで充分だったのだろう。中世になり、父親から継ぐ姓を名乗る習慣が徐々に広がった。税金を徴収したり、徴兵するために、より正確に身元確認することが必要になったからだ。フランスでは16世紀頃から、生まれた子どもに教会で洗礼を受けさせることが一般化したが、そのときに洗礼記帳に子どもと両親の姓名を記入するようになった。
こうした習慣が大革命(1789-99)の末期、第一共和政下で、「姓名不変に関する1794年8月23日法」によって「いかなる市民も出生証明書に記載されている以外の姓名を名乗ることはできない(注1)」と成文化された。この法律は現在も有効である。革命によって教会権力が衰退すると、前述した洗礼記帳は、革命政府が発行する子どもの親子関係、親の職業、生地を明記する出生証明書になった。
(注1)現在は、例外的に、生活に支障をきたすような姓名は変更を願いでることができる。
既婚女性が夫の許可なしに仕事をし、銀行口座を自分の名前で開き自分の財産を管理する権利を得たのは1965年。第二波フェミニズムが盛り上がった70年代でさえ、既婚女性のアイデンティティーは無きに等しかった。最近、私の夫の実家で屋根裏部屋の整理をしていたときに、70年代に義母に宛てられた手紙が出てきた。宛名はMadame Yves Prado、つまり彼女の夫の姓名Yves Pradoの前にマダムを付けた、言ってみれば「田中一郎夫人」である。すでに、義父は亡くなっていたのにもかかわらずだ。18世紀以来、姓名不変の法によって女性は出生姓を本姓として維持していた反面、多くの人々の意識の中で、既婚女性は「夫の妻」というアイデンティティーしかなかった。
それまでは妻は好むと好まないとにかかわらず社会で「〇〇夫人」と呼ばれ、自分もそのように名乗っていたのだが、「通称に関する 1985年12月23日法」が発効された1986年から、通称として、私生活、家族生活、社会で、職場で、出生姓ではない下記3つの姓を正式に使用し、身分証明書上で出生姓の横に明記することができるようになった。銀行口座名や年金受給者名として、また行政上の届け出でも使用可能だ。
1. 妻が夫の姓を使用。
2. 出生姓が父親の姓であるならば、通称として母親の姓を使用。
3. 男女ともに自分の姓と婚姻関係にある相手の姓をハイフンでつなげた複合姓の使用。
そして、遅ればせながら2012年から男性も妻の姓を通称として名乗ることができるように
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