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被災地の子供たちの心に寄り添った復興支援は何を残したか

5年間計画だったスポーツこころのプロジェクト、10年に延長されて終了

増島みどり スポーツライター

 本来ならホテルの宴会場で、授業を聞いた子どもたちや講師を務めたアスリートたち、そして関係者が一堂に会して笑顔あふれる「卒業式」が取り行われる日だったに違いない。

 しかし新型コロナウイルスの感染が再拡大するなか、10年間も続いた「スポーツこころのプロジェクト」最後の日、オンライン会見に出席したのは、この活動を統括した川淵三郎氏(日本サッカー協会相談役)、現場での陣頭指揮を執った同プロジェクト運営本部・手嶋秀人本部長の2人だけだった。川淵氏は「10年の締めくくりになんだか味気ないけれどねぇ・・・」と戸惑いながら、オンラインカメラに向かって気持ちのこもった総括を始めた。

 2011年3月の東日本大震災で被災した青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉6県55自治体を対象に子どもたちの「心の復興」を支援しようと11年5月から行ってきた、アスリートたちによるプロジェクト活動が3月31日、任務を終えた。現役、引退した選手、指導者、パラアスリート、競技を問わず、選手たちが被災地の小学6年生を訪問。一緒に体を動かす「ゲームの時間」と、選手それぞれが自分の成功体験ではなく、むしろ挫折に重点を置いて夢を語る「トークの時間」をセットで行う独特な内容が、子どもたちに支持されてきた。

 実施回数は実に4613回にも及び、授業受けた子どもたちは11万9520人に。授業を担当する「夢先生」は90競技、のべ567人と実績を重ねた。

 川淵氏は当初、「一過性では意味がない。被災した小学校1年生が卒業するまでを区切りとして続けよう」(11年3月)と5年の長期計画を発表したが、うれしい反響の結果、5年は10年に延長され、16年からは中学2年生も対象に加わった。

 日本のスポーツ界が「初めて」一丸となり、10年間続けた活動とその実績は、改めて評価される。

地道に、スポーツの力、を発信

拡大小学生に義足の特徴を伝える谷真海さん

 11年、岩手県田野畑村で女子マラソンの千葉真子さんの授業を岩手で受けた中村蓮君(20)は、消防士となった。「プロ選手でもある千葉さんに、練習をすれば、なんでもできるんだよ、と言われたシンプルな言葉が響いたんだと思います。震災直後のつらい状況にいた私たちに、夢を見させてくれたことに感謝したいです」(以下、エピソードは全て、『冊子 子どもたちの笑顔と歩んだ10年間の記録』より引用)

 サッカー日本代表「なでしこジャパン」の佐々木則夫・前監督は宮城県気仙沼市で授業を行った。東日本大震災で転校を余儀なくされた佐藤俊太君は、11年のワールドカップドイツ大会優勝を果たした監督が「実は演歌歌手になるのが夢だったんだよ」と、笑いながらオープンに話してくれた様子に一気に打ち解けた、と振り返る。

 「その時、佐々木先生は厳しい状況を乗り越えることがパワーになる、とおっしゃった。震災だけではなく、失敗や挫折も乗り越えれば力になるんだ、と思えるようになった」とメッセージを寄せる。20歳の今、東北大医学部で学び、患者を安心させ、笑顔にしてあげられるような医者を目指している。

 柔道のシドニー五輪金メダリスト・滝本誠氏に16年、岩手の久慈市で授業を受けた佐藤暖心(さとう・あこ)さんは神奈川県横須賀市で強豪柔道部に所属して、単身で寮生活を送る。柔道でもっと上に、と目標を大きく更新したのは、金メダリストの柔道家の講義と、中学2年でも受けられたキックボクシングの丹羽圭介氏と、2人の夢先生の力だったと話す。「自分もスポーツで周りに良い影響を与えられるようになりたい」と、厳しい稽古に励む。

 3月31日のオンライン会見中に、授業を受けた子どもたちからのメッセージが流れると、川淵氏は「こういう話は(感動して涙が出るので)困っちゃうなぁ」と、苦笑いしながら涙ぐんだ。もちろん、夢先生、笑顔の教室だけが彼らに力を与えたという話ではない。授業がスタートした当初、子どもたちが家族、友人、知人を失った深い悲しみや、目の前の故郷が一瞬にして消えた衝撃にどう寄り添えるのか、難しい議論は常に続いた。専門家からは授業中の会話も、黒板などへの記述でも使用する「単語」には十分配慮するようアドバイスがされた。

 大きな被害に見舞われた故郷・気仙沼で、自宅を津波で失った義足のパラアスリート・谷真海(サントリー)は、震災からの10年と重なる自身の10年をも振り返りこう話す。この活動を通じ、スポーツ選手として自分が何をできるのかを見直し、その思いが招致活動での大役、IOC(国際オリンピック委員会)総会で招致スピーチを担当するという勇気にもつながった。この10年、結婚、出産を経験し、トライアスロンで東京パラリンピックを目指す。

 「東北の子どもたちは恥ずかしがり屋さんなんですが、講義を聞いた後、私の足にしがみついて帰らないで! って来てくれた子も何人もいましたし、まっすぐな目で目標は何ですか? と逆に聞かれ、当時本当は大スランプだったのに、(08年の)北京パラリンピックに出場すること、と、自分でも驚くような言葉を口にしたり・・・結局、被災地にスポーツで何ができるか、より、私自身が子どもたちの強さに励まされたんだと思います」

 多くの選手も、そう口にする。

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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