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オンラインツアーの実力〈クロアチア編〉東欧の美しい古都を日本から堪能

【12】コロナ禍でも海を越え、ITが人をつなぐ――交流と経済活動への胎動

沓掛博光 旅行ジャーナリスト

国際列車が発着するザグレブ中央駅の上空からみたザグレブの街並み(xbrchx/Shutterstock.com)

距離も手間も超越!海外旅行で力を発揮するオンラインツアー

 移動せずに旅を体験できる『オンラインツアー』が、コロナ禍における新しい旅の形として存在感を増している。外出自粛で出かけられなくなった旅人たちは、ライブ中継画面を通して旅先を堪能し、現地の人々や参加者同士で交流を深める。リアルの客が一時ゼロになった観光地や旅行業界は、IT技術と知恵を駆使して魅力を遠隔で体感してもらい、コロナ禍の収束後に実際の旅で来てもらう効果も期待する。

 前回の『オンラインツアーの実力』第1弾の〈隠岐・沖縄編〉では、離島観光の危機に立ち向かうツアー企画の成果を紹介。観光振興にとどまらず、お年寄りや身体が不自由な人たち、おひとりさまでも、気軽に楽しめるという新たな旅の可能性がみえてきた。今回の第2弾は〈海外編〉として、クロアチアの首都ザグレブの旅を紹介しよう。

 日本の我が家から動くことなく、遠く離れた異国の旅が実現する。ITのおかげで海外旅行特有の手間や煩わしさが取り除かれ、長旅の負担もないので高齢層にもやさしい。しかも、現地の旅のスペシャリストによるとびきりの案内を受けられる素晴らしさだ。開催国の政府や旅行関係者にも熱がこもり、交流拡大、名所や特産品の認知度向上と経済効果も期待できる。旅の楽しみを凝縮し、人生100年時代にふさわしい分野に育ちつつある。

2019年秋のザグレブの街(Finn stock/Shutterstock.com)

コロナ禍の旅、クロアチアの誘い

 海外旅行が高嶺の花から庶民の楽しみになった昨今、このコロナ禍で海外に出られないのは旅行好きにとってじっと我慢の時かも知れない。そうした状況の中で、観光情報などを発信しているクロアチア・ハートフルセンター(東京)は昨年11月からオンラインツアーをスタートさせた。南部のドゥブロヴニクや西部のクヴァルネル地方のツアーを実施し、今回のザグレブ編が4回目。毎回おおむね30~50名が参加している。

 筆者が参加を思い立ったのは、ザグレブはまだ訪れたことがなく、日本からの直行便もなく、手軽には行きづらいといった理由からである。案内は、同センターからメールで届けられた。参加料は1900円。

 クロアチアは、ヨーロッパ大陸の中でもやや南側に位置する。地図で見ると、アドリア海をはさんでイタリアの斜め右上あたり。北はハンガリー、東はセルビア、南東はボスニア・ヘルツェゴビナ、西はスロベニアに接している。コロナ禍前までは、こうした国々を巡る日本人観光客が増え、クロアチアへは年間で約15万人(クロアチア統計局、2019年)が訪れていた。

冬のザグレブ(Dinko Galic/Shutterstock.com)
 首都ザグレブは国土の中央西寄りにあって、町の南側をドナウ川の支流、サバ川が流れる。国際列車が発着するザグレブ中央駅の北側に旧市街が広がり、市民が憩う公園や広場、さらに小高い丘に中世以降に建てられた教会や塔などが続く。美術館、劇場などヨーロッパ文化の香り漂い、ザグレブならではの歴史散策が楽しめる。人口は約80万人(2018年)。アクセスは、ロンドン、パリ、フランクフルトなどヨーロッパ主要都市からの空路利用が主体。日本からはこれらの都市から乗り継いで入る。所要時間は経由地によるがおおむね15時間。

駐日クロアチア大使も参加、ザグレブ町歩きスタート

ザグレブツアー開始時のパソコン画面。上側左から時計回りで、エドワード片山代表、ドラジェン・フラスティッチ駐日大使、現地ガイドのクリスティーナ・ボジッチさん、医師のイヴァ・キラッツさん=筆者撮影
 今回のツアーは1月末、オンラインによる会議システムのZoomを利用し、東京とザグレブ、そして日本各地にいる参加者をパソコンやスマートフォンでつないで開催された。テーマは「市民が楽しむザグレブの町」。

 東京では、同センターのエドワード片山トゥリプコヴィッチ代表(元クロアチア政府観光局日本事務所局長)が参加して司会進行役を務め、駐日クロアチア大使館からドラジェン・フラスティッチ大使がゲスト参加。現地ザグレブからは、地元ガイドのクリスティーナ・ボジッチさんと市民代表役で医師のイヴァ・キラッツさんが参加。クロアチア語で話され、エド片山氏が通訳も兼ねて説明にあたった。

イェラチッチ広場(xbrchx/Shutterstock.com)

地元ガイドが名所を巡りライブ中継。ザグレブ市民の息吹が

 ツアー開始は夜8時30分。ザグレブ時間の昼の1時30分にあたる。世界中の別々の場所にいる主催者や案内人が、同じパソコン画面に並んでほほえむ。まずは、フラスティッチ駐日大使が歓迎の挨拶を述べた。

 クロアチアは美しい国。豊かな文化と伝統が育まれ、さらに人、料理、ワインやリキュール(2000年以上の歴史を持つ)などと、国の素晴らしさを語り、「ザグレブはクロアチアの中心。美しく魅力的なこの町にコロナ禍以前は世界中から、また日本からも多くの人が訪れていました。昨年3月に地震がありましたが、その魅力は失われていません。ぜひ、来られて、体験してみて下さい」と、コロナ収束後の旅へ誘う。

 イヴァさんは、ザグレブの見どころを巡る道すがら、町並みを撮影して画面にライブ映像で流して臨場感を伝えてくれた。日本が大好きで何度か来日したこともあるといい、「ザグレブは広い町ではないので歩いてまわるのにいい。私達は仕事や友人と会う時などよく歩いて行きますよ」と語りかけてくれた。

おなじみの店で買い物。にっこり

 これを受けて、ザグレブ出身のガイド、クリスティーナさんが、町の中心に広がるイェラチッチ広場で出迎える。彼女は、ライブでザグレブの様子を伝えながら、ビデオも使って見どころ解説もしてくれた。ビデオ画面には、解説の日本語訳が流されたのでわかりやすい。

ザグレブ市民の台所とも言えるドラツ市場。案内役のクリスティーナさんの買い物の様子も紹介された=筆者撮影
 まずは広場から。「ここは市民の大好きな広場。ザグレブにはたくさんの広場がありますが、広場と言えばここ」とアピール。さらに、「待ち合わせには、広場の名前になった人の銅像ではなく、こっちの時計の下がいい」。早くも地元っ子の気分が伝わってきた。

 次に映し出されたのは、広場から階段を登った先のドラツ市場。青空市場で、近郊の農家が新鮮な野菜や果物を持ってきて販売しているとのことで、トマト、ブロッコリー、リンゴなどがカラフルに並ぶ。クリスティーナさんは早速、なじみのお店でお買い物。「お気に入りの店で気軽に話すのもこの市場の楽しみのひとつね。それにリンゴやジャガイモなどおまけしてくれるのです」と買物袋を見せながらにっこり。ザグレブ市民の台所の一端を見る思いがした。

中世の城壁の門は今、市民を守る聖地に

歴史は13世紀にさかのぼる聖マルコ教会。辺りの聖マルコ広場に面して国会議事堂、首相官邸、最高裁判所が立ち、国の重要行事はこの教会で行われる(Davor Djopar/Shutterstock.com)
 画面は、近くの高い塔が目立つ建物に移る。市民に「大聖堂」の名で親しまれる聖母被昇天大聖堂だ。「ここはクロアチアで一番高い建物でしたが、昨年3月の地震で一部が崩れ落ちてしまいました」と、横に落ちた塔を指す。続いて、周辺の聖マルコ教会へ。屋根が、カラフルな2つの紋章で彩られひときわ目を引く。「まるでレゴでできているみたいでしょ。実はセラミックなんです」。かつてのクロアチア王国と現在のザグレブ市の紋章と後で知った。

 その手前の「石の門」に移り、「ザグレブはかつて城壁で囲まれた小さな町。石の門はその名残りで、入り口のひとつでした」と説明。先に進むと、お祈りする市民の姿が目に入る。柵に囲まれた中には聖母マリアの絵が飾られている。「300年前の大火にも燃えず、“奇跡の絵”と親しまれています。幸福と健康を願って祈りを捧げるのです」という。

石の門内部に飾られた“奇跡の絵”と親しまれているマリア像に祈る市民=筆者撮影
 ここで、進行役の片山氏が東京から、「近くを通った時に、ちょっと立ち寄ってお祈りするという市民が多いですね」と補足説明。するとフラスティッチ大使もマイクを通して、「私はよく試験の前にここで祈り、いい結果を得られました」とご利益を披露。地域の人に親しまれている日本のお地蔵様のような存在にも思える。

聖マルコ教会などが立ち並ぶザグレブの旧市街=Damir Fabijanic提供

「失恋博物館」~離婚の際に壊された人形も展示

 ライブ中継は、イェラチッチ広場から続く公園を映すが、人通りは少ない。「ザグレブ市民は出歩くのが好き。普段は大勢の姿が見られるのですが、コロナの影響で少なくお店も出ていません。いつもならおいしそうな食べ物の香りがするのですが」と残念そう。

1890年開通のザグレブ・ケーブルカー。総延長は66 メートルで世界のケーブルカーで最も短いといわれる。後方は、ロトルシュチャク塔(Zdravko T/Shutterstock.com)
 公園からケーブルカーに1分間乗って、ロトルシュチャク塔の前へ。塔は見たところ5階建てで、最上階から正午に大砲を撃って時刻を知らせている。

 クリスティーナの説明では、1877年から始まったもので、もともとはオスマントルコ軍から攻撃を受けた時に脅かすために撃ったと伝えられているが、はっきりした記録はないという。残念ながら昨年の地震以来大砲は中止された。画面では、以前の大砲を撃つ様子をビデオで見せてくれた。

 ユニークなポイント紹介に移る。まず登場したのはトンネル。約300メートルの道が一直線に延びている。第二次世界大戦時に掘られた秘密の通路だったというが、今は照明も明るく、女性が急ぎ足で歩く姿を映していた。

 2つ目は、世界でも稀と思われる失恋博物館。恋人や別れた人の思い出の品などを展示している。画面は、離婚の際に壊された小人の人形をアップで映し出す。

「失恋博物館」に掛けられた看板。原題は「壊れた人間関係の博物館」とある=筆者撮影

「太陽系」を町中に再現した壮大な芸術作品

 3つ目は町中に飾られた太陽系の彫刻作品。50年ほど前にアーティストのイヴァン・コジャリッチが太陽の作品を作り、これに合わせて2004年にダボル・プレイスという作家が太陽系の全惑星を作成したという。

 中心部には大きな金色の太陽の彫刻が置かれ、近くのビルの壁などに水星、金星、地球などを配置。大きさと位置は実際と同じ比率で縮小して設置されているので、遠い惑星は郊外に展示されているという。スケールの大きな芸術作品がザグレブの町を飾っている。

歩道に設置された金色に輝く太陽の彫刻作品。水星、金星、地球などはこの周辺のビルの壁に飾られている。日本語の字幕つきでガイドを受けられた=筆者撮影

2国間で盛り上がるチャット談義。全員の経験を共有体験

 ツアーもそろそろ終盤。ここで参加者からチャットが入り、9年前にザグレブを訪れ大聖堂のミサに参加した折、多くの市民から「(東日本)大震災がありましたが、日本の皆さんは大丈夫ですか」と優しく気遣ってくれたことが今も忘れられないというコメントが書き込まれた。ザグレブ市民との思い出が伝えられると、遠いと思われた町が身近に感じられた。これも、体験を共有できるオンラインの旅の実力かも知れない。

 チャットでは、細部にわたる質問が寄せられた。「クロアチアにはどんなビールがありますか」「ロトルシュチャク塔にX型の木組みが露出して見えますがあれは何?」「夕景の公園に映し出された騎馬像は誰?」「女性の一人歩きは大丈夫?」……。

クロアチアのドラジェン・フラスティッチ駐日大使=エド片山提供
 ツアー後も、現地と参加者の間で、チャット談義やフリートークが盛り上がった。イヴァさんは理解しやすいようにと英語で回答。市民目線でとらえた情報に接し、初めて案内されたザグレブの町に親しみが感じられた。

 フラスティッチ大使にツアーの後、感想をうかがうと、「日本人の皆さんが示したザグレブの町への興味とコミュニケーションの広さには驚きました」という。

 そして「こうしたインタラクティブな形でツアーに参加できるのはとてもいいことだと感じられました」とオンラインならではの効果と特徴を挙げた。

ザグレブの市街地。後方に国立劇場が見える(OPIS Zagreb/Shutterstock.com)

ワイナリー巡りなど海外旅行の楽しみをオンラインで

 主催者のクロアチア・ハートフルセンターの片山代表は、オンラインツアーへの思いと展望を語った。クロアチアと日本の両国間を、行きたくても行けない状況下で、お互いの人同士がつながる機会を目指し、「日本の皆様にクロアチアの美しさ、楽しさ、おいしさを知っていただき、体験していただく事が最も大切な目的」だという。センターを、両国を結ぶNo.1のプラットフォームに成長させる夢を持つ。

 今後は、ワイナリー巡り、伝統的な料理、ラベンダー製品の作り方などの紹介も構想する。この4月中には、(一社)日本クロアチア協会の設立も予定されており、コロナが収束して日本からクロアチアへの旅が再開されることを心待ちにしている。

クロアチア・ヴィス島の歴史あるワイナリー(Stjepan Tafra/Shutterstock.com)
肉や野菜を鉄鍋で蒸し焼きにするクロアチアの伝統料理ペカ(xbrchx/Shutterstock.com)

 オンラインツアー参加者のアンケートを見ると、4回目の今回では、年齢層は50代が67%、30代と60代以上がそれぞれ17%で、50代以上が84%を占めた。2回目のクヴァルネル地方のツアーでも、40代が40%、50代が30%、60代以上が20%。年齢層はやや高い傾向が見られる。

 「フランスやイタリアなどと違って、日本ではまだクロアチアの素晴らしさが知られていないところがあり、海外旅行を色々された皆さんでも、そこが知りたい、いつか行ってみたいという思いもあるのではないでしょうか」と片山氏は分析。加えて、クロアチアに古き良きヨーロッパの面影を求めている人が多いことも挙げられるという。

クロアチア南部・ダルマチア地方の島々の特徴的な景観(xbrchx/Shutterstock.com)
ドゥブロヴニククロアチア南部の世界遺産ドゥブロヴニク旧市街。美しさから「アドリア海の真珠」と呼ばれる(cge2010/Shutterstock.com)

高い満足度、幅広い世代に浸透中

 ちなみに、前回「離島編」で紹介した沖縄県の事例では、年齢が多い順に40代、20代、30代で、こちらは若い層の参加が多い。これは、国内と海外、離島リゾートと歴史的都市、などの違いが影響しているものと思われ、オンラインツアーそのものは、幅広い層に受け入れられつつあると見ていいだろう。

 満足度も、ザグレブのツアーでは満足が50%、大変満足が17%と高く、「今後もオンラインツアーに参加したい」は83%と、関心も高い。

2019年秋のザグレブの中心市街地。路面電車トラムは開業から130年の歴史を持つ(Finn stock/Shutterstock.com)
 さらに、ワインなどのクロアチアの特産品を送ってもらい、自宅で楽しみながらゆかりのワイナリーを巡るツアーなどについては、50%の人が興味ありと回答。20%の人は現地価格と比べお得感があれば参加と答えている。昨年のツアーではワイン代金を含めた参加費が5000円。特産品を伴わない今回のザグレブツアーは1900円であった。

国境を越え、旅の愉しみを凝縮。人生100年時代の新たな形に

 特産品とセットにしたツアーは、地元への経済効果も期待でき、オンラインツアーの新しい芽となりうるかも知れない。現に、今回のアンケートの感想には、現地での食事の紹介と共にお土産の購入などを求める声も散見できる。

 ガイドのクリスティーナさんにうかがうと、今回はザグレブの街頭から中継できたのがよかったのではないかと指摘。「日本にいる皆さんが今のザグレブの様子を知ることができたと思うからです」と語り、「今後はこうしたオンラインツアーにより、世界各国の人々がライブで繋がることも可能になるでしょう」と、ワールドワイドな展望も披露してくれた。

ザグレブ旧市街の歴史的建築(Phant/Shutterstock.com)
 海外旅行においても、双方向のオンラインツアーは、リアルな旅を補うだけではなく、国境を越えて人と人とをつなげ、今までとは異なる旅の愉しみ方を生み出しているようだ。

 海外旅行と言えば、楽しい反面、国内とは異なる悩みもある。

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