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池江璃花子の東京五輪出場決定で「開催支持率が急上昇」に思う

コロナ禍を広げないために最善を尽くすこと、必要な犠牲を受け入れる覚悟を

小林信也 作家・スポーツライター

 3月20日ころの時点で「東京五輪は中止すべき」「もう1年延期すべきだ」との意見が合せて約7割を占めていた(朝日新聞の電話世論調査など)。ところが、競泳の池江璃花子選手の「東京五輪出場内定」によって、この数字が大きく動きそうな気配だとみられている。

 「池江選手が出場できるなら出してあげたい!」「東京五輪、やってもいいかも」

 という気持ちに多くの日本国民が傾いているというわけだ。

 これはある意味、当然の思いだろう。

 2年前の2月に白血病が公表され、闘病生活を送っていた池江選手の東京五輪出場は「もう絶対に無理だ」と誰もが受け止めていた。池江選手自身も、「パリ五輪を目指す」と繰り返し発言し、東京五輪出場は視野に入れていない様子だった。

 ところが、練習を再開し、徐々に競技会にも出場し始めると順調に成績を伸ばし、五輪代表最終選考会でもある4月初旬の水泳日本選手権では100mバタフライ、100m自由形に続いて50mバタフライ、50m自由形の4種目に優勝。個人での出場はならなかったが、リレーメンバーになるための標準記録を上回り、リレー代表として東京五輪の出場メンバーに入った。

 その泳ぎ、池江選手の姿や涙に日本じゅうの多くの人々が心を震わせ、勇気づけられた。

女子100メートルバタフライ決勝、涙をぬぐいながら優勝後のインタビューに答える池江璃花子拡大日本選手権のバタフライ100メートル決勝で優勝後、インタビューに答える池江璃花子

 私はその驚異的な回復力、医師の許可を得るとすぐ競技に戻り最善を尽くし続けた迷いのない姿勢に驚嘆した。誰しも、生死の境をさまよい、命を失う危険に直面すれば人生観が変わっても不思議ではない。しかし、池江選手は全速力で競技に戻ってきた。しかも、最も不安視されていた活力・体力に翳りがなく、長い大会を通じて最後まで他の選手以上に持てる力を出し続けた元気さには驚きを禁じ得ない。ちょっと理解ができないほどの肉体の神秘を感じる。

 池江選手が闘病生活を始めたころ、私は白血病を経験し克服したスポーツ選手たちに話を聞いた。個々に病状も回復の度合いも違うため一様には語れないが、完治という言葉はすぐ使われず「寛解」と表現することを知らされ、この病気の難しさを知った。

 かつて病気をきっかけに競技を離れた水球選手にも話を聞いたが、「回復した後も抵抗力の弱い状態が続くため、できるだけ危険な状況に身を置かないよう医師からも助言されました。だから、自分は水の中には怖くて入れませんでした」と語っていた。それを聞いて、陸上で行う他の競技選手以上に、水に入る池江選手の復帰にはいっそう時間がかかるのではないかと案じていた。

 一方、「競泳用プールの水は万全な殺菌処理を施しているから、むしろ空気中より安全だ」との話も聞いた。いずれにせよ、コロナ禍が起こって、池江選手にとってもいっそう厳しい社会環境になった。それにもかかわらず、水中に入るリスク、コロナ禍の中で練習環境に飛び込む不安をものともせず、練習を再開した勇気と情熱それだけでも驚嘆に値する。

 その上、東京五輪代表を手繰り寄せたのだから、ただただ頭が下がる思いしかない。

 しかし、池江選手の活躍で「東京五輪開催支持」の割合が増えることを手放しで喜ぶのも問題だと思う。

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筆者

小林信也

小林信也(こばやし・のぶや) 作家・スポーツライター

1956年、新潟県生まれ。慶応大学法学部卒。『POPEYE』『Number』のスタッフライターを経て独立。『「野球」の真髄──なぜこのゲームに魅せられるのか(集英社新書)、『子どもにスポーツをさせるな』 (中公新書ラクレ)、『高校野球が危ない!』(草思社)など著書多数