困窮する子育て世帯を励まし、尊厳を回復する力を持つ
2021年04月14日
日本の子どもの貧困対策において、歴史的な施策が実現する。
困窮する子育て世帯への新たな特別給付金が、ひとり親世帯だけでなく、初めて、ふたり親世帯をも対象とすることが決まったのだ。多くの家庭が望み続け、長年、私たち支援団体や研究者が協力して要望してきた課題であった(論座2月2日付の拙稿「子どもの貧困、コロナで異次元の危機に~給付金が急務 両親いる世帯にも」ご参照)。
危機的状況への訴えを受けて、与野党が党派を超えて協調し、コロナ禍が長期化する中での生活支援の特別給付金として制度をまとめ、3月16日に菅義偉首相が自ら方針を発表した。
年度替わりは通常より多くのお金が必要であり、新型コロナウイルスの感染がまたも拡大傾向を見せている今、くらしはますます厳しくなるだろう。一刻も早く給付金を届ける必要がある。
こう期待していた矢先、ショッキングな事態が判明した。「ふたり親世帯への支給が大きく遅れ、7月以降にずれ込む見通し」と報じられたのだ(朝日新聞4月11日付)。厚生労働省への取材による記事だ。
ひとり親世帯には昨年、児童扶養手当の受給世帯を対象に2回の支給実績があるので実務は比較的容易で、4~5月の支給が可能なようだが、ふたり親世帯は対象の確定と支給手順の検討に時間がかかるのだという。
厚労省のホームページ(HP)を見ると、今回の特別給付金の説明資料では、ひとり親世帯分だけが完成した形で示されている。しかも、時期が具体的なのは、児童扶養手当受給者についてだけだ(「可能な限り5月末までに支給」とある)。児童扶養手当を受けていなくても、コロナ禍で収入が急減した世帯は給付金の緊急性が高いはずだが、HPでは「可能な限り速やかに」と、あいまいな状態だ。
さらに問題なのは、HPに説明のある「その他低所得の子育て世帯」に「ふたり親世帯」が含まれるはずだが、「実務について自治体と調整を行い、」などとだけ記され、見通しは全くわからないことだ。
私は本稿で、今回の給付金の意義と背景をお伝えするとともに、国と自治体には、困窮する家庭へ、速やかに、よりよい形で届けるよう強く求めたい。その手法についても提言したい。
冒頭で、「歴史的な施策」と表現した。大仰に思われたかもしれない。しかし、ふたり親世帯が今回の特別給付金の対象に含められたことは、経済的な意味にとどまらない力を持つ。これまで、差別的な立場で社会から見捨てられてきた人々が、人間としての「尊厳」を取り戻すことにもつながる施策なのだと、是非わかっていただきたい。
ふたり親世帯は、日本の子どもの貧困対策で、コロナ禍以前からずっと、支援の「蚊帳の外」に置かれてきた。いいかえると、「公的支援が何もない」といっていい状態だった。コロナ禍の施策でも、昨年夏と年末、困窮するひとり親世帯には給付金が支給されたものの、ふたり親世帯は見送られた。3度目の給付金で、政治が公平に光を当てたことの意味は極めて大きい。
そもそも、困窮の苦しさは、ひとり親もふたり親も変わらないはずだ。世間から貧困を「自己責任」と責められもする。そして、ふたり親世帯は、さらに追い込まれる環境にある。「両親がいるのに子育ても十分にできず情けない」と自責の念に苦しむ人たちを、何度も見てきた。心が痛むばかりだ。
実際は、自己責任などではない。問題は、稼ぎたくても稼げない社会の構造にある。
非正規の労働者が雇用されている人の4割を占める時代だ。能力も意欲もあるのに、両親ともに低賃金でダブルワーク、トリプルワークを強いられ、何とか食いつないできた。まさに、自助努力だ。それが、コロナ禍で生き延びる手段を奪われ、もはや、頑張れるものが無い状態に陥っている。
こうした世帯にも支援が届くことは、経済的な意味だけではなく、精神的な苦痛からも開放されることへの一歩につながると確信する。そして、「厳しい日々は続くけど、あきらめずに生きていこう」というエンカレッジにもつながるだろう。
私は幼少期、父を亡くし生活に窮する中で、「後ろ指をさされないように」と母にいわれて育った。貧乏、恵まれない子、男親のいない家庭……。社会からレッテルをはられ、自分たちもそう思わざるを得なくなる。大人なっても、こうしたレッテルに苦しむことも少なくなかった。
国が制度として平等に認めれば、世の人々のまなざしも変わっていくだろう。胸を張って生きていい、堂々としていい。たとえ窮状はかわらなくても、生きる力になる。
今、1年半前のことを思い出す。未婚のひとり親世帯への「寡婦控除」適用を国が認めた時、当事者のかたにうかがった言葉だ。「同じ風景を見ているはずなのに、いままでとはまったく違うように感じる」。差別されてきた人たちが、顔をあげてお話になる姿に感動した。
自殺が増え続けた二十年前に、自死遺児が、実名で社会に自殺対策を訴えたことも強烈な出来事だった。親の自殺をだれにも話せず、苦しみ隠して生きる遺児が大半だった。「親を自殺で亡くしたことは恥ずかしいことじゃない。堂々と生きていいことを同じ境遇の子どもたちにも伝えたい」という姿に胸が震えた。
いずれも、社会に認められにくかった当事者たちの「尊厳の回復」だったといえるのではないか。今回のふたり親世帯への施策は、日本の貧困対策の歴史で、これらに匹敵するものと私はとらえている。
入学や進学、新生活を迎えるこの時期に、国から給付金が届けられる意味は大きい。ランドセルや制服などを揃えられることに加え、子どもの門出を祝う温かいエールでもある。さらには、困窮する世帯の子どもたちとって、給付金は一層、大切な意味を持つ。このことを私の経験から紹介したい。
私が代表を務める子どもの貧困対策センター「公益財団法人あすのば」は、困窮する世帯の子どもを対象とした「入学・新生活応援給付金」という事業を毎春、実施している。きっかけは、全国各地の若者の思いだった。
「ひとりぼっちじゃないよ。あなたのことを想っている人が『ここにいるよ』」
2015年の真冬。若者たちは給付金とともにこうした想いも子どもたちに贈りたいと考え、各地で街頭募金を呼びかけた。翌春から給付が実現すると、想像以上のことが起きた。
給付金を受けた小中学生らは、若者たちとつながり、会のキャンプに参加して寝食をともにする。すると、その子たちが成長して、今度は支える側にまわって、年下の子を妹や弟のように面倒みてくれることが続いた。だれかから教えてもらったわけではないだろうが、温かいおもいやりのリレーが始まっていることを、何よりうれしく感じてきた。
私たちの応援給付金は6年目の今年、過去最多の8,300人以上の申し込みがあった。コロナ禍でのニーズを思う。年度当初定員の2倍近くの3,050人まで採用したが、資金は限界で、5千人以上を不採用とせざるを得なかった。胸が締めつけられる思いでいる。
「この春こそ、ふたり親世帯も含めて国に給付金を支給してもらわなくてはならない」
コロナ禍のこの1年、ずっと行動を共にしてきた NPO法人キッズドアの渡辺由美子・理事長、認定NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむの赤石千衣子・理事長、日本大学文理学部の末冨芳・教授、NPO法人Learning for Allの李炯植・代表理事らとともに、政治への訴えを強めた。
1月22日、立憲民主党の山井和則・衆議院議員が中心となって、立憲、共産、国民、社民の野党4党が、ふたり親も含む子育て世帯向けの給付金支給法案を共同で提出した。
同じ時期に、超党派の「子どもの貧困対策推進議員連盟」事務局長である自民党の薗浦健太郎・副幹事長にも陳情し、さまざまな準備に動いていただいた。
公明党の古屋範子・副代表にも陳情し、党内での合意形成などの準備を進めていただいた。
2月2日、子どもの貧困がコロナ禍で異次元の危機に入った実情と、給付金の緊急性を伝える拙稿を「論座」に掲載。一般読者から政治家まで多くの反響をいただいた。
2月5日からは、私を含めた前述5人が発起人となり「コロナで困窮する子どもたちを救おう!プロジェクト」としてオンライン署名をスタートした。
2月8日には厚生労働省で記者会見を開き、新聞、テレビ、ウェブメディアなどが報道。オンライン署名は6万1千人を越える方々に署名いただき、支給実現への大きな力となった。
3月2日、薗浦議員とともに三原じゅん子・厚生労働副大臣に、菅首相あての署名を手渡し、私たちの訴えをじっくり聴いていただき、田村憲久・厚生労働大臣にもお伝えいただいた。
3月14日、公明党の竹内譲・政調会長とオンラインで面会(山本かなえ・政調副会長も同席)。15日朝には、自民党の下村博文・政調会長に面会。その日の夕方、与党両党の政調会長から菅首相に直接私たちの要望を伝えていただくことができた。
16日朝、菅首相がふたり親世帯を含む低所得子育て世帯の子ども1人あたり5万円給付を発表。私たちの要望よりも多額だった。
ニュースを聴いて、涙が止まらなかった。
「困窮するすべての子どもたちの心にも、今年の春こそ桜の花が咲きますように」という願いを込めて、三原副大臣と下村政調会長への陳情では、桜色のネクタイをしめた。その日、近所で桜の花を見て、また目頭があつくなった。
「ひとりぼっちじゃないよ。あなたのことを想っている人がいるよ」という心も添えて、国の給付金が届けられることは、なんとすばらしいことだろうかと思う。ここまでご尽力いただいた方々に心からお礼を申しあげたい。
一方で、決定に時間がかかり、4月半ばになっても実施の見通しが明確になっていない状況にある。支給方法には課題が残されたままだ。
厚労省は、ひとり親世帯について、「児童扶養手当受給世帯」は「申請不要で、可能な限り5月までに支給する」と発表している。また、児童扶養手当を受けていないが「直近で収入が減少した世帯等」は「申請が必要で、可能な限り速やかに支給」とする。
前回(昨年末)のひとり親世帯への給付金は、その決定から送金まで迅速で、昨年内にほぼ送金が完了した。今回は、すでに新年度を迎えている。同様に速やかな給付が必要だ。
ふたり親世帯については、厚労省は現在、「その他の低所得の子育て世帯」という表現で調整を続けている。スケジュールは、「今後、対象世帯の把握方法や支給方法等の実務について自治体と調整を行い、直近の所得情報の判明以降可能な限り支給する」としており、いつになるのか見通せない。
初めて支給が実現するふたり親世帯が、大幅に遅れることは何としても避けなければならない。現状の対応方法に問題があるといわざるを得ないだろう。
「住民税が非課税の世帯」という条件がつけられたが、今年度が非課税かどうかの確定は、昨年の所得が基になるため6月近くになってしまう。その確定後に自治体の作業を続けることが想定されているようだ。
しかし、確定を待たずに速やかな給付にとりかかるべきだろう。対象者の多くは、コロナ禍で所得が減り、くらしが切迫している世帯なのだ。
給付金支給が決定した3月時点の住民税非課税世帯を対象とすれば、すぐに手続きをすすめることができるはずだ。
あすのばの今春の応援給付金では、家計急変で「住民税非課税相当」になった世帯も対象とし、すでに送金を終えている。昨年の年収の確認として、保護者の源泉徴収票や確定申告書などに基づき、「住民税非課税相当」と判断できたからだ。同様な手法ですぐに対応してほしい。
対象となる子どもをもらさないよう、申請などの手続きを簡素にすることも大切だろう。日々の暮らしに追われ、余裕がない人々である。個別の郵便などで、もれなく手続きを案内し、簡単な同封書類を返送するだけにするといった形を検討していただきたい。昨年の全国民対象の定額給付金は、今回対象の世帯にも支給された実績がある。何らかの対応の知恵はないだろうか。
また、今回は申請手続きが必要となるとしても、今後は、ひとり親世帯同様に、同種の給付金には手続き不要にできる制度設計もお願いしたい。
「あてにできる」ということが、困窮する世帯にとってどれほど大切なことか。関係する皆様には是非とも想像していただきたい。日々が綱渡りの生活で、命の危機が迫るほどの切羽詰まった声が数多く届いている。一寸先は闇だ。やっとの思いで進学・進級した子どもでも、退学に追い込まれるかもしれない。
めどが立てば準備できるし、耐えしのげることもある。もし、迅速な給付実行に至れなくても、制度設計は早くして、何らかの見通しを伝えられることが、大きな力となり、子どもの未来の分かれ目になる。
今回の特別給付金の実現だけで終わっては、歴史的な施策から後退してしまう
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