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ふたり親世帯に初めてさした政治の光~歴史的な貧困対策成立。早急に給付を

困窮する子育て世帯を励まし、尊厳を回復する力を持つ

小河光治 公益財団法人「あすのば」代表理事

コロナ禍の危機。支給実現へ支援者結束

 私たちの応援給付金は6年目の今年、過去最多の8,300人以上の申し込みがあった。コロナ禍でのニーズを思う。年度当初定員の2倍近くの3,050人まで採用したが、資金は限界で、5千人以上を不採用とせざるを得なかった。胸が締めつけられる思いでいる。

 「この春こそ、ふたり親世帯も含めて国に給付金を支給してもらわなくてはならない」

 コロナ禍のこの1年、ずっと行動を共にしてきた NPO法人キッズドアの渡辺由美子・理事長、認定NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむの赤石千衣子・理事長、日本大学文理学部の末冨芳・教授、NPO法人Learning for Allの李炯植・代表理事らとともに、政治への訴えを強めた。

与野党6党が動き、民の署名も続々と

拡大「子どもの貧困給付金法案」を立憲民主、共産、国民民主、社民の野党4党共同で提出する国会議員=2021年1月22日、衆議院
 前回の論考前後から、給付金が決定するまでの主な経過は、以下のとおりである。

 1月22日、立憲民主党の山井和則・衆議院議員が中心となって、立憲、共産、国民、社民の野党4党が、ふたり親も含む子育て世帯向けの給付金支給法案を共同で提出した。

 同じ時期に、超党派の「子どもの貧困対策推進議員連盟」事務局長である自民党の薗浦健太郎・副幹事長にも陳情し、さまざまな準備に動いていただいた。

 公明党の古屋範子・副代表にも陳情し、党内での合意形成などの準備を進めていただいた。

 2月2日、子どもの貧困がコロナ禍で異次元の危機に入った実情と、給付金の緊急性を伝える拙稿を「論座」に掲載。一般読者から政治家まで多くの反響をいただいた。

 2月5日からは、私を含めた前述5人が発起人となり「コロナで困窮する子どもたちを救おう!プロジェクト」としてオンライン署名をスタートした。

 2月8日には厚生労働省で記者会見を開き、新聞、テレビ、ウェブメディアなどが報道。オンライン署名は6万1千人を越える方々に署名いただき、支給実現への大きな力となった。

 3月2日、薗浦議員とともに三原じゅん子・厚生労働副大臣に、菅首相あての署名を手渡し、私たちの訴えをじっくり聴いていただき、田村憲久・厚生労働大臣にもお伝えいただいた。

拡大三原じゅん子・厚生労働副大臣に陳情し、菅義偉首相あての署名を手渡す関係団体の代表。左から2人目は筆者=2021年3月2日
拡大自民党の下村博文政調会長に面会して要望書を手渡した関係団体の代表=2021年3月14日

 3月14日、公明党の竹内譲・政調会長とオンラインで面会(山本かなえ・政調副会長も同席)。15日朝には、自民党の下村博文・政調会長に面会。その日の夕方、与党両党の政調会長から菅首相に直接私たちの要望を伝えていただくことができた。

心のこもった国の給付金が実現。要望上回る金額に

 16日朝、菅首相がふたり親世帯を含む低所得子育て世帯の子ども1人あたり5万円給付を発表。私たちの要望よりも多額だった。

 ニュースを聴いて、涙が止まらなかった。

 「困窮するすべての子どもたちの心にも、今年の春こそ桜の花が咲きますように」という願いを込めて、三原副大臣と下村政調会長への陳情では、桜色のネクタイをしめた。その日、近所で桜の花を見て、また目頭があつくなった。

 「ひとりぼっちじゃないよ。あなたのことを想っている人がいるよ」という心も添えて、国の給付金が届けられることは、なんとすばらしいことだろうかと思う。ここまでご尽力いただいた方々に心からお礼を申しあげたい。

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筆者

小河光治

小河光治(おがわ・こうじ) 公益財団法人「あすのば」代表理事

1965年愛知県小牧市生まれ。明治大学卒業後、あしなが育英会に26年間勤務し、阪神・淡路大震災遺児の心のケアのための神戸レインボーハウス館長、子どもの貧困担当などを務めた。2015年3月、福島大学大学院地域政策科学研究科修了。同年6月、子どもの貧困対策センター「一般財団法人あすのば」を設立。16年4月、「公益財団法人あすのば」 に移行。内閣府「子どもの貧困対策に関する検討会」構成員(2014年)、内閣府「休眠預金等活用審議会」専門委員主査代理(17年~)、文部科学省「高校生等への修学支援に関する協力者会議」委員(17年~)。滋賀の縁創造実践センター・社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会理事(19年~)。 Facebook:公益財団法人あすのば

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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