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「エスカレーター乗り方改革」で働き方改革、生き方改革を

効率一辺倒、弱者や多様性への配慮欠如を乗り越えた「ニューノーマル」めざして

斗鬼正一 江戸川大学名誉教授

 エスカレーターは歩行禁止。なぜなら「取説」にそう書いてあるからです。機械には取扱説明書があり、その通りに使わないと危険ですが、階段と違ってエスカレーターは機械で、歩かず、立ち止まって、ベルトにつかまる、と書いてあります。というのは、エスカレーターは楽に上り下りするために作られたもので、ステップの幅も高さも構造も、歩くことを想定していないのです。ですから、エスカレーターを歩いて転んでケガさせて、というのは、電子レンジで洗濯物を乾かして火災発生、というのと同じなのです。

 でも現状は、命令一下分列行進する軍隊よろしく片側に並ばされ、反対側をオイソガ氏が歩くどころか駆け上るという悪習が全国各地に「感染」を広げてパンデミック。接触、転落など事故やトラブルが多発して、子連れは困惑、片側麻痺の障がい者や高齢者には恐怖の機械になり果てています。そんな現状に、とうとう埼玉県に、設置者のみならず私たち利用者にも対応を求める「エスカレーター歩くな条例」(埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例)というワクチンが登場したというわけです。

エスカレーター問題にもコロナ「副反応」

拡大駅員らが「歩かないでください」と利用客に呼びかける名古屋市の地下鉄=2018年8月10日、名古屋市中区

 問題多発のエスカレーターですが、新型コロナパンデミックがさらなる問題を引き起こしています。まずは社会の目がコロナに集中して関心低下。「三密回避」で隣に人が立つのを嫌い、「手指消毒」強調でベルトを嫌悪。「会話は控えめに」となればますますの没コミュニケーションで、障がい者への声掛けどころか、無言で追い越し、接触しても素知らぬ顔、といった具合です。

 さらには、歩いた方が速くて高効率、片側空けはグローバルスタンダード、といった「フェイクニュース」が拡散し、ネットには「ぶつかったくらいで転げ落ちる方が悪い」、「邪魔な高齢者、障がい者は家から出るな」といった「分断」、「敵対」を煽る暴言も踊っています。

 つまりはコロナ禍同様に、エスカレーター問題も私たちの社会の課題をあぶり出し、対応を迫っている、というわけなのです。

「エスカレーター歩くな条例」というワクチン

 そこに登場したのが「エスカレーター歩くな条例」というワクチンです。ここ10数年、メーカーが取説で、鉄道事業者は駅で、歩かないでと呼びかけ続け、障がい者がメディアで困難を訴えても、パンデミック収束には程遠く、多様な人々、みんなの安全安心には結局条例だ、となったのです。

 このワクチン、命令でもなければ、罰則もないのですが、コロナワクチン同様に、違和感、危惧を抱く人も少なくありません。マナーは上から強制されるものではなく、一人一人が考え、行動し、作っていくべきものだというのです。確かに、上から命令、監視され、「自粛警察」まで登場して、全員が一糸乱れず行動するような社会はまっぴらごめん。そんな社会への初めの一歩になったら大変です。

 だからこそ、メーカーも設置者も、そしてとりわけ私たち一人一人が、まずはエスカレーターの安全安心を、さらには私たちの社会のもっと大きな課題に対しても、まさにこの条例にあるように「自主的」、「積極的」に考え、行動しなければならないのです。

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筆者

斗鬼正一

斗鬼正一(とき・まさかず) 江戸川大学名誉教授

1950年鎌倉生まれ。文化人類学者。専門は都市人類学、生活文化論。著書に『目からウロコの文化人類学入門―人間探検ガイドブック』(ミネルヴァ書房)、『頭が良くなる文化人類学 「人・社会・自分」-人類最大の謎を探検する』(光文社新書)、『開幕!世界あたりまえ会議 私の「ふつう」は、誰かの「ありえない」』(ワニブックス)など。