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婚姻時の改姓を禁じた法改正で夫婦別姓に大転換 ギリシャ

【5】選択肢をなくすことで女性を圧力から解放

有馬めぐむ フリージャーナリスト

 選択的夫婦別姓の導入に賛成する意見は、様々な世論調査ではすでに多数派になっているが、にもかかわらず法改正は実現せず、国会における議論さえなかなか進まない。日本では長らく「夫婦が同じ姓なのは当たり前」とみなされてきたかもしれないが「『法律で夫婦の姓を同姓とするように義務付けている国』は、我が国のほかには承知していない」ことは政府も認めている(2015年10月6日付参議院での政府答弁書)。それでは諸外国では結婚後の姓はどんな制度によって定められ、人々はどのような選択をしているのだろうか。ヨーロッパを中心に、各国在住のライターがリレー形式で連載する。[第5回/全6回]

 今日のギリシャでは、①夫婦別姓、②自分の出生姓の後に配偶者の姓を加える複合姓、のどちらかを選ぶことができる。しかし圧倒的に夫婦別姓が多い。1983年、婚姻時に改姓を禁じる法改正が行われたからだ。2008年に複合姓の選択肢が加えられたが、夫婦別姓は社会に浸透している。しかし結婚の際の女性への改姓の圧力は消え去ったが、子供の姓は父か母の姓を選択できるにもかかわらず、大半の子供が父の姓を名乗っている。

女性にかかる圧力を配慮、別姓の選択肢を加えず、改姓を禁じた

拡大Shutterstock.com

 1983年、中道左派の社会主義政党、全ギリシャ社会主義運動(PASOK)の政権下、婚姻時に改姓することを禁じた法改正が行われた。それまでのギリシャでは、結婚の際、伝統的に妻が夫の姓に改姓する夫婦同姓だったので、がらりと方向転換したことになる。

 周囲の欧州の国々を見ても、夫婦同姓に別姓の選択肢が加わる形で是正されてきた国が多い。しかし83年当時、ギリシャ政府は、別姓の選択肢を加えるだけでは、女性側に伝統的、社会的な圧力がかかり、結局、女性が改姓を余儀なくされるとし、完全な夫婦別姓への転換を行った。当時はまだ家父長制が色濃く残っていたと思われるので、大きな社会変革だったと言えよう。

 実際、ドイツでは同姓、別姓、複合姓の選択肢があるが、法改正直後の1976年、夫の姓を選ぶ夫婦が98%、2018年でも74%だという。その点、ギリシャの法改正は女性を古い慣習から解放し、男女平等の理念を実践する点で効果的な法改正だったと思われる。

ギリシャ人の姓の歴史 女性の姓は「属格」

拡大ギリシャ学術院(アカデミア)。円柱の上には女神アテナと太陽神アポロンの像が青空に美しく映える。入口にはソクラテスとプラトンの像がある。古代ギリシャの偉人たちは名前のみだった
 世界中どこでも、昔の小さな地域社会で人々は名前だけを名乗っていた。古代ギリシャの偉人ソクラテス、アリストテレスなども然りである。ギリシャ人が姓を名乗り出したのはビザンチン時代からで、9世紀頃、主に上流階級の人々が姓を使っていた。11世紀には通称や地名、職業に由来した姓を名乗る人々が増えていった。その後オスマントルコによる支配が15世紀半ばから独立戦争(1821年)まで約400年間続く。その間は姓が記録されず詳細不明だが、独立後の19世紀には広く一般に姓が使用されていた。

 そして伝統的に女性の姓は、末尾が「属格」に変化する。属格とはギリシャ語にいくつかある〝格〟の一つで、所有を表す。父の姓がパパドプロスだとして、息子ならそのままだが、娘はパパドプル(属格)になる。83年以前はマリア・パパドプルが結婚して、夫の姓がヤナトスならマリア・ヤナトゥ(属格)となった。これは姓が使われ始めた頃からの、女性は結婚するまでは父親に属し、結婚後は夫に属するという慣習の名残だ(まれに女性でも語尾が属格にならない姓もある。また男性でも属格の姓もある)。

 独立戦争後の19世紀でも、女性は姓のみならず名前さえも属格になる習わしがあった。カテリナという名前の女性がいて、ヨルゴスと結婚したら、ヨルゲナ=ヨルゴスの(妻)と呼ばれるようになった。女性は結婚後、唯一のアイデンティティーであった名前さえもなくし、夫の名前の属格で呼ばれていたのだ。

 現在、ギリシャの若い女性は、婚姻での改姓がないシステムがすっかり定着しているせいか、筆者が尋ねるまで夫婦別姓事情を意識したことがなかったと答えた人が多い。彼女たちの親の世代が結婚したころが変革期だったようだ。

 クリスティナ(32歳・専門職)は「夫婦別姓が普及しているとは認識していたけれど、意識したことはなかった。ギリシャは家父長制の考えが根強いので、法改正は選択肢をなくし、女性を圧力から解放した点で評価できる」と語った。

 彼女の両親の婚姻時の話は興味深い。「83年の法改正の直後で、父は母に父の姓をつけたかったけれど、役所の人に法的に無理と聞いて驚いたみたい。母は変えなくていいので嬉しかったらしい。父は、母に父の姓をつけられないなら、いっそ母の欄は名前だけで姓はなしにしてほしいと言ったらしいわ」と苦笑交じりに話した。

拡大ミトロポレオス大聖堂 アテネおよび全ギリシャの大主教の主教座聖堂。ギリシャ人の名前はギリシャ正教由来が多い。パパンドレウなどパパがつく姓は司祭からの降下に因む
 今でも婚姻で改姓はないとはいえ、女性は父親の姓として持ち続ける出生姓、複合姓の場合は夫の姓も属格に変化するので、筆者としては、この属格に抵抗がないのか疑問に思っていた。大半のギリシャ人女性は「慣れていて考えもしなかった。でも属格は既にギリシャ語の文法的なことなので気にならない」と答える。また「生まれた時から使ってきた姓が変わらないことが大事」との回答には共感できた。

 ギリシャ人の両親を持つが幼少時から大学までアメリカで過ごし、その後ギリシャに住むエレニ(48歳・研究職)は、「83年の法改正はアメリカに比べても革新的」と語る。しかし英文の署名はエレニ・ゲラニスだが、ギリシャ語での署名はエレニ・ゲラニウ(属格)と使い分けているので、なぜなのか問うと「生まれたのはギリシャで、当時の出生証明書がゲラニウになっているからギリシャ関連の公的な書類は同じにしないといけない。アメリカなど外国だと役所でギリシャ語由来の属格が理解されず、父の姓と同じになるからゲラニス。ゲラニスに統一したいけど、ギリシャの役所手続きはものすごく煩雑で遅々としているからそのままね」とのことだった。

 法改正の際、議論はなかったのか疑問だが、社会学者の友人曰く、「女性の姓の末尾の変化は、既にギリシャ語の規則として完全に浸透していたので、そこまで改めようとすると、役所の業務も混乱しただろうし、当時の一般の人々にとっても違和感がありすぎてできなかったのでは」と説明してくれた。

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筆者

有馬めぐむ

有馬めぐむ(ありま・めぐむ) フリージャーナリスト

在ギリシャ。日本の出版社で記者職を経験。国際会議コーディネートの仕事でギリシャに滞在し、2007年よりアテネ在住。ギリシャの財政危機問題、難民問題、動物保護など、多角的に日本のメディアに発信中。主著に『動物保護入門 ドイツとギリシャに学ぶ共生の未来』(世界思想社 2018年 共著)『「お手本の国」のウソ』(新潮新書 2011 年 共著)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです