有馬めぐむ(ありま・めぐむ) フリージャーナリスト
在ギリシャ。日本の出版社で記者職を経験。国際会議コーディネートの仕事でギリシャに滞在し、2007年よりアテネ在住。ギリシャの財政危機問題、難民問題、動物保護など、多角的に日本のメディアに発信中。主著に『動物保護入門 ドイツとギリシャに学ぶ共生の未来』(世界思想社 2018年 共著)『「お手本の国」のウソ』(新潮新書 2011 年 共著)など。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
【5】選択肢をなくすことで女性を圧力から解放
選択的夫婦別姓の導入に賛成する意見は、様々な世論調査ではすでに多数派になっているが、にもかかわらず法改正は実現せず、国会における議論さえなかなか進まない。日本では長らく「夫婦が同じ姓なのは当たり前」とみなされてきたかもしれないが「『法律で夫婦の姓を同姓とするように義務付けている国』は、我が国のほかには承知していない」ことは政府も認めている(2015年10月6日付参議院での政府答弁書)。それでは諸外国では結婚後の姓はどんな制度によって定められ、人々はどのような選択をしているのだろうか。ヨーロッパを中心に、各国在住のライターがリレー形式で連載する。[第5回/全6回]
今日のギリシャでは、①夫婦別姓、②自分の出生姓の後に配偶者の姓を加える複合姓、のどちらかを選ぶことができる。しかし圧倒的に夫婦別姓が多い。1983年、婚姻時に改姓を禁じる法改正が行われたからだ。2008年に複合姓の選択肢が加えられたが、夫婦別姓は社会に浸透している。しかし結婚の際の女性への改姓の圧力は消え去ったが、子供の姓は父か母の姓を選択できるにもかかわらず、大半の子供が父の姓を名乗っている。
1983年、中道左派の社会主義政党、全ギリシャ社会主義運動(PASOK)の政権下、婚姻時に改姓することを禁じた法改正が行われた。それまでのギリシャでは、結婚の際、伝統的に妻が夫の姓に改姓する夫婦同姓だったので、がらりと方向転換したことになる。
周囲の欧州の国々を見ても、夫婦同姓に別姓の選択肢が加わる形で是正されてきた国が多い。しかし83年当時、ギリシャ政府は、別姓の選択肢を加えるだけでは、女性側に伝統的、社会的な圧力がかかり、結局、女性が改姓を余儀なくされるとし、完全な夫婦別姓への転換を行った。当時はまだ家父長制が色濃く残っていたと思われるので、大きな社会変革だったと言えよう。
実際、ドイツでは同姓、別姓、複合姓の選択肢があるが、法改正直後の1976年、夫の姓を選ぶ夫婦が98%、2018年でも74%だという。その点、ギリシャの法改正は女性を古い慣習から解放し、男女平等の理念を実践する点で効果的な法改正だったと思われる。
世界中どこでも、昔の小さな地域社会で人々は名前だけを名乗っていた。古代ギリシャの偉人ソクラテス、アリストテレスなども然りである。ギリシャ人が姓を名乗り出したのはビザンチン時代からで、9世紀頃、主に上流階級の人々が姓を使っていた。11世紀には通称や地名、職業に由来した姓を名乗る人々が増えていった。その後オスマントルコによる支配が15世紀半ばから独立戦争(1821年)まで約400年間続く。その間は姓が記録されず詳細不明だが、独立後の19世紀には広く一般に姓が使用されていた。