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「ちかんきをつけて」のラテアートはなんか変だ

自分たちの問題を棚に上げて他人に偉そうな事を言う、〝大阪的〟なお役所仕事

赤木智弘 フリーライター

 大阪府警とカフェがコラボ。カフェラテに乗せたココアパウダーに「ちかんきをつけて」などのメッセージを描いて販売するという(「ラテアートで防犯呼び掛け カフェが大阪府警とコラボ」共同通信2021年4月20日配信)。

 記事の写真をみると「そう書いてあると言われれば、まぁそう読めなくはない」くらいの感じで、正直これを自慢げに出されても反応に困る程度の出来である。

 昔は杓子定規で融通がきかないことを「お役所仕事」と言ったが、大阪などの一部自治体においては「アピールばかりで実質的には意味のなかったり、マイナスになったりする〝やった感〟だけの仕事」をお役所仕事と呼ぶべきかも知れない。

「ちかんきをつけて」などと描かれたラテアート=大阪府警天満警察署のホームページから

女性に「痴漢に気をつけろ」という前に

 今回のラテアートは、痴漢被害に遭いがちな女性の心境を慮らず、さも駅構内にポスターを掲示するような感覚で、やってしまっていることに苛立つ。一息つくために喫茶店で、痴漢に遭って嫌な思い出がある女性が不意にこうした「演出」に出会ったら、せっかくホッと一息つくはずの時間が台無しではないか。

 それ以前の話として、女性に「痴漢に気をつけろ」という前に、我々は痴漢という犯罪をちゃんと理解できていないことを自覚する必要がある。

 そもそも、「痴漢に気をつけよう」という言説自体、あまり適切ではない。

 「痴漢に気をつけよう」という言葉は容易に「痴漢に遭ったということは、あなたが気をつけなかったこと」という自己責任論に変質しがちである。「痴漢は犯罪者。犯罪者に理屈は通らないのだから、犯罪に合わないように気をつけるしかない」という主張はどこかがおかしい。

 そうした人たちは「犯罪者に理屈は通らない」とは言うが、その一方で「こんな格好の女性は痴漢に狙われやすい」という女性像はかなり保守的であるだけでなく理屈っぽい。

 彼らが考える痴漢に遭いやすい女性の姿は、薄着だったり胸が大きく開いていたり、ミニスカートだったりという「いかにもハレンチな女性の格好」をイメージしていることが多い。いわばそうした女性に対して「罰を与える存在」として痴漢を認識しているのである。

 しかし、実のところ漢に狙われやすいのは、いかにも痴漢被害に遭いそうだと我々が考えるような、派手目で薄着の情欲をかき立てる服装をした女性よりも、むしろ黒髪で気が弱そうで、いかにも男性相手になにも言い出せないようかのようにおとなしく見える女性なのである。

 実際、僕の知り合いの女性が「金髪にしたら痴漢に遭わなくなった」と言っていたし、また子供が高校生などになって校則が緩くなると、黒髪の娘を茶髪にさせて、痴漢避けをするという母親がいるとも聞いたことがある。

 痴漢にしても逃げ場がない電車の中で痴漢をしている中での一番のリスクは「騒がれること」なのだから、いかにも男に慣れていて、触られたら抵抗して騒ぎそうな女性は避けるのである。

少なくない人たちが痴漢という犯罪を軽く見ている

 今の日本社会では、少なくない人たちが痴漢という犯罪を軽く見ている部分がある。

 金銭的、物質的な被害を被ったり、または怪我などをしたりするわけではなく、被害者の精神的な苦痛が主であるために、その被害の大小が被害者の気の持ちよう次第みたいに考えてしまう。痴漢に遭った女性を慰めようとして「犬に噛まれたと思って」などと言う人がいるが、そのくらいの感覚なのである。

 男性である自分自身が同様の犯罪に遭わないのだから、他人が犯罪に会うのはその人自身の問題、落ち度だと認識して

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