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「紀州のドンファン」と和歌山カレー事件の共通項

偏った情報だけで有罪と決めつけてよいのか

前田哲兵 弁護士

 紀州のドンファンこと野崎幸助氏が2018年5月に死亡した件で、元妻が逮捕された。逮捕後、「男性の自宅の台所や掃除機から覚醒剤反応が出た」「妻が薬物の売人と接触していた可能性がある」「死亡4時間前から男性と妻は自宅で2人きりだった」などと捜査情報が伝えられている。

 世論はそれらの捜査情報を全て真実であると考えているようだ。55歳差の元妻は世間から疑いの目を向けられ、その私生活について真偽不明の情報が飛び交っている。そこにプライバシーはない。

 テレビでは、大きなサングラスをかけて外界を遮断するように表情を変えることなく歩く彼女の姿が繰り返し流されている。そのシーンをみて、私は、ある事件を思い出した。

拡大送検のため田辺警察署を出る須藤早貴容疑者=2021年4月29日、和歌山県田辺市

和歌山カレー事件

 1998年7月、和歌山県園部の夏祭り会場でふるまわれたカレーを食べた人々が次々と倒れ、4名が亡くなった。「和歌山カレー事件」である。

 事件の2日後、警察は現場近くに住む林眞須美夫婦が保険金詐欺をしているという情報をつかむ。夫は、過去に「ヒ素」を扱うシロアリ駆除の事業を営んでいた。節目が替わったのは事件から1カ月後のこと。林家で食事をした複数の男性がヒ素中毒になっていたことを報じる記事が出ると、世間の疑いの目は林夫妻に集中し、それに呼応するようにマスコミ報道はさらに加熱した。いわゆるメディア・スクラムだ。

 ほどなくして夫婦は保険金詐欺等の容疑で逮捕された。その後、林眞須美は、再逮捕の末に、同年12月に和歌山カレー事件の被告人として殺人容疑で起訴され、死刑判決を受けた。

林眞須美の放水シーンと元妻のサングラス

 この事件を思い出すとき、誰もが「あるシーン」を脳裏に浮かべるのではないだろうか。林眞須美が自宅前に集まったマスコミに対して笑みを浮かべながらホースで水を撒くシーンだ。

 歴史社会学者の田中ひかるは、次のように述べる。

 眞須美による放水は、連日自宅を取り囲むマスコミへのせめてもの抵抗だった。しかしそれは、いかにも「毒婦」らしい「絵」を欲している側にとっては思う壺だった。

 現場の状況など知らないテレビの視聴者や新聞、雑誌の読者たちの多くは、「こちら側」に水を浴びせてくる眞須美に嫌悪感を覚えた。…(中略)…眞須美の放水は「絵」になりすぎたのだ。

(田中ひかる著『「毒婦」 和歌山カレー事件20年目の真実』第4章 株式会社ビジネス社)

 このシーンは、テレビで繰り返し流され、林眞須美の悪印象を決定づけた。高校1年生だった当時の私も、テレビを観ていて「この人が犯人なんだな」と思っていた。そこに疑問の余地はなかった。公判が始まる前から、彼女はマスコミと世間によって有罪とされていたように思う。

 そして今、その放水シーンと、元妻が大きなサングラスをかけて外界を遮断するように表情を変えることなく歩く姿が重なる。その姿はマスコミや「こちら側」にいる我々を拒絶しているように見え、お世辞にも好印象を与えるものではない。田中ひかるの言葉を借りるなら、それは「絵」になりすぎるのだ。

 しかし、我々は今一度、冷静にならなければならない。当然であるが、元妻は無実かもしれないのだ。

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筆者

前田哲兵

前田哲兵(まえだ・てっぺい) 弁護士

1982年、兵庫県生まれ。前田・鵜之沢法律事務所所属。企業法務を中心に、相続や交通事故といった一般民事、刑事事件、政治資金監査、選挙違反被疑事件などの政治案件や医療事故も扱う。医療基本法の制定活動を行うほか、日本プロ野球選手会公認選手代理人、小中学校のスクールローヤーとしても活動中。著書に『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』『交通事故事件21のメソッド』等

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