天然でも人工でも、生成したトリチウムには何の違いもない
2021年05月17日
政府は4月13日、多核種除去設備(ALPS)処理水を約2年後に海洋放出する方針を決定した。この処理水には、浄化装置では除去できないトリチウム(水素3、三重水素)が含まれているが、これを含めた放射性核種を規制値(告示濃度比総和1以下)とし、運用目標まで希釈した後に放出するとしている。この問題に関する議論を進めていくためには、「理科」と「社会」の両面からトリチウムについて考える必要がある。(本シリーズは3回連載です)
朝早く起きて飲む、コップ1杯の水は格別である。冷たく透き通ったこの水には、上空でできた天然起源トリチウムが含まれている。その数は、コップ1杯で5千万個ほどになる(*1)。ちなみに、涙1滴にも天然起源のトリチウムが1万4千個ほど含まれている(*2)。
トリチウムは、水素の同位体である。同位体は、同じ元素に属する原子で、中性子数が異なるために重さ(質量数)が異なるもののことである。同位体は「元素名 質量数」で表すので、トリチウムは「水素3」とも言う。水素は原子核に陽子1個を持つ元素で、中性子が0個だったら水素1(軽水素、1Hまたは単にHと書く)、中性子が1個だったら水素2(重水素、2HまたはD)、中性子が2個だったら水素3(三重水素、3HまたはT)である。
自然界にある水素は、水素1・水素2・水素3が混ざった状態で存在する。どのくらいの割合で混ざっているかを示すのが存在比で、水素1は99.9855 %、水素2は0.0145 %である。この2つの同位体は地球上のどこでもほぼ一定の値になっているが、トリチウム(水素3)は半減期が12.32年と相対的に短いため、場所によって存在比が大きく異なり、通常は同位体存在比で表すことはしない。あえて表すなら、計算上は0.000 000 000 000 000 N%(N=0~10)である。なお、トリチウムは大部分が水分子(HTO)として存在している。
(*1)大気圏内核実験が始まる前に、陸水に含まれる天然起源トリチウム濃度は1m3当たり200~900ベクレル(200~900Bq/m3)であった(出典:『国連科学委員会(UNSCEAR)1982年度報告書』付属書B)。水に含まれるトリチウム濃度を500Bq/m3、コップ1杯を180mLとして、トリチウムの半減期12.32年を用いて計算した。
(*2)電子天秤で水10滴を測ったところ、1滴は0.045mLに相当した。この結果から涙1滴を0.05mLとして計算した。
とても大きな(小さな)数がひんぱんに出てきますが、「ケタ」が分かれば大丈夫です
放射線や放射能の話をする際には、「7.2×1016Bq」(地球上でのトリチウムの1年の生成量)や「1.3×1018Bq」(トリチウムの全地球平衡存在量)といったとても大きな数字や、「1.8×10-8mSv/Bq」(トリチウム水の実効線量係数)といったとても小さな数がひんぱんに出てきます。こんな数字は日常の暮らしでは出てきませんから、とまどう方もいらっしゃると思います。ところが、ちょっとしたコツを覚えてしまえば、あわてる必要はありません。そのコツは、「10の何乗」という表記になれること、そして「ケタが分かれば大丈夫」ということです。
まず、「10の何乗」という表記についてです。例えば、1万は「104(10の4乗)」、1億は「108(10の8乗)」、1兆は「1012(10の12乗)」と書き、10の右肩に載っている数を「指数」といいます。1万は「10×10×10×10」と10を「4回」かけた数なので、「104」と書くわけです。
一方、0.0001(1万分の1)は「10-4(10のマイナス4乗)」、0.00000001(1億分の1)は「10-8(10のマイナス8乗)」と書きます。0.0001は0.1(10-1)を4回かけた数なので、「10-4」というわけです。
「10の何乗」という表記をすると、計算がとても楽になります。例えば、1万と1億をかけた場合、「10000×100000000」と0がいくつあるか数えるのが大変ですが、「104×108」だったら指数を足してやればいいので、「4+8=12」から「1012」と簡単に答えが出てきます。1兆(1012)と10万分の1(10-5)をかける時も、「1012×10-5=107」と簡単です。
例えば、「7億8300万」はどう書けばいいかというと、「7.83×108」です。先ほど、「7.2×1016Bq」という数字が出てきましたが、これは「72000000000000000」(7京2000兆)のことです。「72000000000000000」あるいは「7京2000兆」と書くより、わかりやすいと思いませんか。
それからもう一つ。放射線や放射能の話では上のようなとても大きな数や、とても小さな数がひんぱんに出てきますが、「ケタがいくつなのか」を見ておいてください。例えば「1.3×1018Bq」だったら、10の「18乗」のところです。とりあえずはこれがわかれば、それで十分です。ケタの大きさをつかみながら、大きな数や小さな数に慣れていってください。
トリチウムの生成反応には、天然起源と人工起源がある。天然でも人工でも、生成したトリチウムに何の違いもあるわけではない。それぞれで、どのようにトリチウムができるのかを述べる。
大気中にトリチウムが含まれているのがわかったのは、1930年代のことである。その主な起源は、宇宙線(*3)によって生まれた高速の中性子が大気中の窒素原子や酸素原子にぶつかって、14N(n, t)12C(窒素14の原子核に中性子が衝突して、炭素12の原子核が生じてt(トリトン。トリチウムの原子核のこと)が飛び出ることを意味する。以下同じ)や16O(n, t)14Nという核反応を起こして、トリトンが生成するというものである。その他に、一次宇宙線の陽子が大気中の原子を破砕してトリトンが生成する核反応や、太陽などから直接やってくるトリトンもある。これらのトリトンは電子とすみやかに結合してトリチウムになり、さらに水(HTO)などになって対流圏の循環に入っていく。
天然起源トリチウムの生成量は、生成率(2500 atoms/m2/秒。表面積1m2で1秒当たり2500原子のトリチウムが生成)に地球の全表面積(5.1×108km2)を乗じて求めることができ、1年に7.2×1016Bqとなる。生成したトリチウムは半減期12.32年で崩壊していき、生成と崩壊の平衡によって一定量(1.3×1018Bq)が地球上に存在している。全地球平衡存在量はトリチウム重量として約3kgに相当する(*4、5、6)。
大気中トリチウム濃度は気象によって大きく変動し、気圧の変動との間に正の相関があることが知られている。同じ時期では、高気圧圏内の大気中トリチウム濃度は、低気圧圏内に比べて高くなる。そのため日本列島の雨水中のトリチウム濃度は、北方高気圧-南海上低気圧の気圧配置で、大陸性気団から北-西からの風が吹く時に高く、逆に日本海上低気圧-南海上高気圧の気圧配置で、海洋性気団から南西-南からの風が吹く時に低くなる(*7、8)。
(*3)宇宙線は宇宙から降り注ぐ放射線で、その起源は太陽系外・太陽・地球のまわりのバンアレン帯である。宇宙線のうち、地球の磁場を突破して大気に飛び込んでくるものを一次宇宙線といい、約90%は陽子、残りがヘリウムやもっと重い原子の原子核で、地表にも降り注いでいる。一次宇宙線は大気(窒素や酸素など)の原子核にぶつかって、中性子や陽子をはじき出す。これがさらに別な原子核にぶつかって、電子や陽電子、ガンマ線、中性子、陽子、ニュートリノなどのさまざまな粒子が生まれ、いっせいに地表に降り注いでくる。これらを二次宇宙線という。
(*4)阪上正信『トリチウムの環境動態』核融合研究、第34巻、第5号、498~511ページ(1985年)
(*5)野口邦和『トリチウム(1)―自然起源トリチウムについて―』、核・エネルギー問題21(2020年)
(*6)『国連科学委員会(UNSCEAR)2000年度報告書』
(*7)三宅泰雄ら「地上大気のトリチウム含量と気象との関係」、地球化学、Special巻、131~135ページ(1975年)
(*8)高島良正「環境トリチウム―その挙動と利用」、RADIOISOTOPES、第40巻、520~530ページ(1991年)
水爆実験が1952年からさかんに行われ、部分的核実験禁止条約が発効する直前の1961、62年に、「かけこみ実験」といわれる大気圏内核実験が次々と行われたことによって、天然起源トリチウムをはるかに上回るトリチウムが生成し、成層圏から対流圏へ広がって
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