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トリチウムと水の理科・社会 【中】

トリチウムが分離できないのは、「水そのもの」だから

児玉一八 核・エネルギー問題情報センター理事

 放射性核種の浄化装置では除去できないトリチウム(水素3、三重水素)を含む処理水の海洋放出についての議論を進めていくために、本稿の【上】ではトリチウムの起源、挙動について説明した。【中】ではトリチウムによる被曝、DNA損傷と修復、汚染水からの放射性核種の除去などについて述べる。(3回連載の2回目)

トリチウムによる被曝とDNA損傷・修復

トリチウムによる被曝

 トリチウムから放出されるベータ線はきわめてエネルギーが小さく、平均で5.7キロ電子ボルト(keV)、最大で18.6keVにすぎない。そのため水中は平均で0.56µm(µは10-6,すなわち百万分の1)、最大でも6µmしか飛ばない。なお、ヒトの典型的な細胞の直径は約10~50µm、核の直径は約3~10µmである。トリチウムのベータ線は皮膚の角質層を透過できないので外部被曝は問題にならず、体内に摂取された場合の内部被曝だけが問題になる。ちなみに、トリチウムによる日本人の1年間の被曝量は0.0000082mSv(ミリシーベルト)(*1)とされている。

 トリチウムの摂取による被曝死亡例は、1960年代に2例が起こっている。いずれも夜光塗料の取扱いによるもので、1回に約1×1013Bq、年間に4×1013~1×1014Bqを3~4年扱い、数年後に末梢血中の血球数の顕著な減少が起こり、感染症を併発して亡くなっている。被曝量は尿中排泄量から、1例は6年間に3~5Sv、もう1例は10~20Svと推定されている(*2)。ちなみに1999年9月30日に発生したJCO臨界事故(日本)では、作業員2人がそれぞれ6~10Sv、16~20Sv以上を被曝して亡くなった。トリチウム摂取による被曝死亡例は、JCO臨界事故に匹敵する大量の被曝をしていたのである。

 大量のトリチウム摂取に伴う末梢血中血球数の減少による死亡は、ガンマ線の被曝に伴う骨髄死として知られている現象である。これはトリチウムによる放射線障害もガンマ線と同じ機構で起こっていることを意味し、トリチウムのベータ線とガンマ線の生物影響の差異は、同じ生物影響を引き起こす被曝線量の違いによるものと考えられる。そのため、トリチウムのベータ線がガンマ線と比べて、危険性は何倍なのか(生物学的効果比、RBEという)を調べるさまざまな研究が行われ、膨大なデータが蓄積されてきた。その結果、トリチウムのRBEは最大で2であろうという結果が得られている。このRBEを用いれば、ガンマ線の生物影響に関する疫学データから、トリチウムのベータ線によるヒトの放射線障害リスクを推定できる。RBEを2と仮定した場合、トリチウムによる発がんリスクは、約1.4×108Bqを摂取した場合に、1万人に1人の発がんが増加すると予想される(*3)

(*1)他の放射性核種による、経口摂取による日本人の1年間の被曝量は、ポロニウム210が0.8mSv、カリウム40が0.18mSv、炭素14が0.01mSvである。
(*2)Seelentag W., “Tritium”(Moghissi and Carter eds.) p.267(1973), messenger Graphics, Phoenix
(*3)小松賢志「核融合開発とトリチウム人体影響―社会的受容性に関わる疑問点―」、日本原子力学会誌、第40巻、第12号、12~17ページ(1998年)

拡大トリチウムは1990年代まで、腕時計の夜光塗料としても利用されていた Shutterstock.com

DNA損傷とその修復

 トリチウムが放出するベータ線の生物影響のターゲットは、DNAであることがわかっている。DNA損傷というと放射線の専売特許のように思われがちだが、細胞の中で起こっている酵素反応の偶発的な失敗や、酸素を使った呼吸反応、熱、さまざまな環境物質もDNA損傷を作っていて、放射線はむしろ少数派である。例えば、細胞にはエネルギー生産工場のミトコンドリアがあり、代謝率が高いとミトコンドリア内の遊離酸素濃度が高まり、DNA変異率が上がることが知られている。小さな動物ほど体重あたりの表面積が広くなるので熱が逃げやすく、代謝率が高くなる傾向があるので、ミトコンドリアのDNA変異率は高くなる(*4)

 1つの細胞では毎日、何万ものDNA損傷が起こっているが、永続的な変異として残るのはごくわずかで、残りはDNA修復系が効率よく除去してしまう。DNAは2本のリボンが向き合ったようならせん状の構造(DNA二重鎖)をしていて、この構造そのものもDNA修復をしやすくしている。さらに、細胞の中にはDNA損傷をパトロールするたんぱく質があり、損傷をみつけると細胞分裂を止めて、その傷が修復されるのを待つ。修復が完了すると細胞分裂が再開するが、傷がひどくて修復しきれないと判断されると、その細胞は自分で死んでいく(アポトーシス)。このようなチェック機構でも、生存にとって都合の悪いDNA損傷は排除される。

(*4)長谷川政美『進化38億年の偶然と必然』、159ページ、図書刊行会(2020年)

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筆者

児玉一八

児玉一八(こだま・かずや) 核・エネルギー問題情報センター理事

1960年福井県武生市生まれ。1978年武生高校理数科卒業。1980年金沢大学理学部化学科在学中に第1種放射線取扱主任者免状を取得。1984年金沢大学大学院理学研究科修士課程修了、1988年金沢大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士、理学修士。専攻は生物化学、分子生物学。現在、核・エネルギー問題情報センター理事、原発問題住民運動全国連絡センター代表委員。著書:単著は『活断層上の欠陥原子炉 志賀原発―はたして福島の事故は特別か』(東洋書店)、『身近にあふれる「放射線」が3時間でわかる本』(明日香出版社)、共著は『放射線被曝の理科・社会―四年目の「福島の真実」』(かもがわ出版)、『しあわせになるための「福島差別」論』(同)、『福島第一原発事故10年の再検証』(あけび書房)など。

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