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渋谷ホームレス女性の死亡事件で浮かび上がる「試食販売」と業務委託の闇

労働問題は「派遣切り」「雇い止め」時代より深刻化。報道が問われている

水島宏明 ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

「所持金8円」の生活困窮はなぜ?

 衝撃的な事件から半年が過ぎた。

 昨年11月16日の未明、東京・渋谷区の幹線道路沿いのバス停で頭を殴打された状態でホームレスの女性が死亡した。

 名前は大林三佐子さん、享年64。いつも深夜から未明にかけてバス停で身を休めていたが、無防備な状態で被害に遭った。数日後、防犯カメラの映像からその前後にバス停近くを通りかかった近所に住む男が傷害致死容疑で逮捕された。男は石の入った袋で彼女を殴打したことを認め、動機について「この場所からどいてほしかった」「痛い思いをさせればいなくなると思った」などと供述している。

 彼女が所持する財布に残された現金はわずか8円だった。

死亡した大林三佐子さんが倒れていた現場。バス停のベンチに座っていたところ、男に殴られたという=2020年11月16日、東京都渋谷区幡ケ谷2丁目、滝口信之撮影 拡大死亡した大林三佐子さんが倒れていた現場。バス停のベンチに座っていたところ、男に殴られたという=2020年11月16日、東京都渋谷区幡ケ谷2丁目、滝口信之撮影

 なぜ彼女はそこまで生活に困窮する状態になってしまったのか。

 この事件は、新型コロナウイルスの感染拡大で生活に困窮する人たちが急増している日本社会の象徴的な事件と受け止められ、SNSでは「彼女は私だ」「他人事に思えない」という共感の声が広がっている。

 新聞、週刊誌、テレビなどメディアの取材で謎に包まれていた大林さんの人生の一端がかなり分かってきた。

 NHKが5月初めに放送したドキュメンタリー番組「事件の涙 たどりついたバス停で〜ある女性ホームレスの死〜」が彼女の人生にもっとも肉薄していた。埼玉県に住む弟の証言をきっかけに彼女が広島県の出身であることや20 代で市民劇団に所属して芝居やミュージカルにも出ていてアナウンサーや声優を目指していたことが判明した。

 27歳で上京して結婚したものの夫のDVが原因で1年で離婚した。コンピューター関係の会社に就職したものの退職。数年おきに転職を繰り返していた。

 50代の頃からセールスプロモーションの会社に登録して、食品や飲料品などの「試食販売」を請け負っていた。発注があるたびにスーパーに赴いて特定の商品を客に試食してもらいながら買ってもらう仕事だ。短期の契約でこなして収入を得ていた。

 この仕事について新聞、週刊誌、テレビなど大半のメディアが「派遣」と報道している。実はこれは正確ではない。なぜなら彼女の「働き方」は労働者派遣法に基づいた派遣契約ではない。登録して報酬をもらっていた会社も派遣会社の許可を得ていない会社だった。このため、派遣労働についてよく理解しないままの間違った報道が多かったと筆者は考えている。


筆者

水島宏明

水島宏明(みずしま・ひろあき) ジャーナリスト、上智大学文学部新聞学科教授

1957年生まれ。札幌テレビ、日本テレビでテレビ報道に携わり、ロンドン、ベルリン特派員、「NNNドキュメント」ディレクター、「ズームイン!」解説キャスター等の後、法政大学社会学部教授を経て16 年4 月から現職。主な番組に「ネットカフェ難民」など。主な著書に『内側から見たテレビ』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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