臺宏士(だい・ひろし) フリーランス・ライター
毎日新聞記者をへて現在、メディア総合研究所の研究誌『放送レポート』編集委員。著書に『アベノメディアに抗う』『検証アベノメディア 安倍政権のマスコミ支配』『危ない住基ネット』『個人情報保護法の狙い』。共著に『エロスと「わいせつ」のあいだ 表現と規制の戦後攻防史』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
日本は官民挙げての「国民監視」に大きく舵を切った
菅義偉首相をトップとするデジタル庁の創設や個人情報保護法の抜本改正を柱にしたデジタル改革関連法が2021年5月12日、自民、公明、日本維新の会などの賛成多数で成立した。63本の関連法を束ねた5法と、国による12桁の個人識別番号(マイナンバー)制度の関与を強め、25年度の完成を目指す「地方公共団体情報システムの標準化法」の計6法という膨大な数となった。
ところが、衆参内閣委員会での質疑時間は、合わせても50時間余というスピード審議だった。国と地方のシステム統合を基盤に個人情報の収集と活用を容易にする今回の大改正の結果、日本の個人情報保護制度は、「保護」とは名目ばかりのマイナンバーをカギにした個人情報の活用による「産業の創出」「活力ある経済社会」、そして「国民監視」という官民挙げての利活用に大きく舵を切ったことになる。官公庁の強大な権限は否応なしにさまざまな利権と結びつく。デジタル庁も例外ではないはずだ。
「デジタル庁構想」は、菅首相が2020年9月の自民党総裁選の告示(9月8日)に先立って、『日本経済新聞』(6日朝刊)の単独インタビューで明かしたことに始まり、それからわずか8カ月で実現に漕ぎ着けたわけだ。毎日新聞は当時、社説(22日)で「デジタル庁構想は政府の未来投資会議メンバーの竹中平蔵元総務相らが助言した」と書いていた。慶応大名誉教授で人材派遣大手・パソナ会長の竹中氏と菅首相との深い関係は誰もが知るところであるが、きっかけは、小泉純一郎政権(01年4月~06年9月)までさかのぼる。
菅首相は、竹中総務大臣(05年10月~06年9月)の下で副大臣を務め、第一次安倍政権(06年9月~07年9月)では竹中氏の後任として総務大臣(06年9月~07年8月)に就任した。竹中氏は、菅政権の発足に伴って設けられた加藤勝信官房長官を議長とする「成長戦略会議」の有識者メンバーの一人だ。総務省を地盤としてきた菅首相が同省所管にかかわる事業を自らの政権政策の柱としてマイナンバー事業を選択したのは、極めて自然だ。
首相自らが司令塔のトップを務める9月1日発足予定のデジタル庁は初年度予算では3000億円ほどだ。他省庁や地方自治体に対して強い権限を背景に、情報インフラの再構築を主導する役割を担いながら他省庁のデジタル部門を徐々に統合し、大型公共事業である情報インフラを差配するIT版のゼネコン――IT土建業者が群がる利権官庁の一つになる可能性もあるのではないだろうか。
デジタル庁の誕生を産業界は大いに歓迎している。それは、デジタル改革関連法案の閣議決定(2月9日)を受けて、新経済連盟の三木谷浩史代表理事(楽天会長兼社長)が同日に出した次のコメントによく表れている。「2012年6月の当連盟活動開始以来の主張の多くが盛り込まれたものと理解している。デジタル庁の発足に向けて徹底的なデジタル化の推進に政府においては引き続き取り組んでもらいたい」
マイナンバー政策をめぐっては、すでにその兆しがある。
東京新聞経済部の「デジタル政策取材班」が4月下旬から相次いで報じたスクープはデジタル庁の利権官庁化の懸念を抱かせるのには十分な内容だった。デジタル庁に代わって、実務上の情報基盤整備に当たるのは、総務省が所管する地方公共団体情報システム機構法に基づく地方共同法人「地方公共団体情報システム機構」(J-LIS)だ。各記事の見出しを次に紹介すると、
▼マイナンバー事業 競争なき業者選定8割 随意契約を多発 総務省所管の機構(4月27日朝刊1面)
▼マイナンバー事業 83%社員配属先から受注 機構への出向の民間企業(5月4日朝刊1面)
▼マイナンバー機構 遠い「ガラス張り」利害密接 出向元4社の社明かさず(5月7日朝刊3面)
▼マイナンバー事業 システム障害9件 追加負担30億円 うち8社は一社応札(5月12日朝刊1面)
――見出しからでも記事の内容の想像がつこう。