地方紙先行、朝日・毎日も。世論に押され、“国民を犠牲にするな”
2021年05月26日
東京オリンピック・パラリンピックをめぐる新聞各社の論調が、大きく変わってきた。この5月23日には信濃毎日新聞(長野県)が社説で「東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ」と迫ったことが話題になったが、その他の新聞も開催を強行しようとする政府に対し、相次ぎ疑問や懸念を表明している。「論説・社説」の潮目は変わった。
筆者は今年1月18日、論座で『「東京五輪中止」の現実味をスルーする日本マスコミの病理』を公開した。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、五輪開催が危うくなりつつあるのに、その現実を正面から取材し、世に問い掛ける姿勢が新聞・テレビに見られない、という趣旨だった。あれから4カ月。「五輪より国民の命を大事に」という圧倒的な世論に突き動かされ、マスメディアの論調も明らかに変わってきた。
政府に東京五輪の中止を迫った信濃毎日新聞の社説は「崩壊する医療体制」「開く意義はどこに」「分断生じる恐れも」という3つの小見出しを掲げ、次のように論じた。
7月23日の五輪開幕までに、感染状況が落ち着いたとしても、持てる資源は次の波への備えに充てなければならない。東京五輪・パラリンピックの両大会は中止すべきだ。
菅義偉政権は地域医療への影響を否定するけれど、医療従事者を集められるなら、不足する地域に派遣すべきではないのか。検査も満足に受けられない国民が『五輪選手は特権階級なのか』と、憤るのも無理はない。東京大会組織委員会などは既に海外からの観客の受け入れを断念した。選手との交流事業や事前合宿を諦めた自治体も多い。各国から集う人々が互いに理解を深め、平和推進に貢献する五輪の意義はしぼみつつある。
菅首相は大会を「世界の団結の象徴」とする、別の“理念”を持ち出した。何のための、誰のための大会かが見えない。反対の世論は収まらず、賛否は選手間でも割れている。開催に踏み切れば、分断を招きかねない。
もっとも、信濃毎日新聞が「中止せよ」と迫る前から、各紙の論調には明らかな変化があった。
信濃毎日の社説掲載に先立って、社説の見出しに「中止」の文字を使ったのは高知新聞だ。5月12日の「東京五輪・パラ 中止も選択肢に議論を」である。
競泳の池江璃花子選手に代表辞退や五輪開催への反対メッセージを求める声がSNSで寄せられたことに言及し、本来なら中止を求める声が向かうべき先は、政府や大会組織委員会、IOCだと主張。政府に具体的なコロナ対策と徹底した説明を求め、こう締めくくった。
7月23日の五輪開幕まで残された時間は少ない。国民が「強行」と感じてしまうような東京五輪・パラリンピックになってはならない。中止の選択肢も含めて、五輪開催の是非を議論すべき時である。
神戸新聞の社説は5月17日、「コロナ禍 五輪への逆風 安全な大会の姿見えない」を掲げた。
残された時間は少ない。首相は開催の可否についての判断基準も明確に示すべきだ。「開催ありき」でなく、中止を含めた議論もちゅうちょしてはならない。
地方紙の社説・論説には4月中旬ごろから厳しい論調のものが目立ってきた。表現は気を遣いつつも、実質的には五輪の開催中止を促しているものも少なくない。「地方紙」と呼ばれはするが、各紙はそれぞれの都道府県で大きな影響力を持っている。日本全体の部数を合計すると、全国紙と地方紙はほぼ半々だ。北海道や東海、北陸、中国、四国などは地方紙の牙城であり、全国紙の影響力はかなり限定的だ。
それら地方紙に掲載された社説・論説の見出しを並べてみよう。G-Searchなどのデータベースを用いて、予定通りの五輪開催に疑義を唱えていると筆者が判断したものをいくつか抜き出した。
「五輪開催の可否 冷静で合理的な判断を」(北海道新聞、5月23日)
「東京五輪 無観客開催も 国民の理解得られる結論を」(河北新報、5月1日)
「五輪の開催判断 首相は国民を見ているか」(新潟日報、5月11日)
「五輪開催の可否 判断時期と基準を示せ」(北日本新聞、5月15日)
「コロナと東京五輪 このままでは支持されない」(大阪日日新聞、5月10日)
「東京五輪開催可否 IOC任せは許されない」(徳島新聞、5月8日)
「東京五輪まで2カ月半 説得力ある開催理由を」(熊本日日新聞、5月7日)
「東京五輪 国民の不安解消が前提」(南日本新聞、5月14日)
「コロナと東京五輪 この状況での開催なぜ」(沖縄タイムス、5月10日)
「本島聖火リレー縮小 五輪の是非を見極めよ」(琉球新報、4月18日)
この間には共同通信社の論説委員が論説「東京五輪に大義はあるか 『誰のため』問い直そう」を加盟紙各社に配信した。
そのなかで「選手や市民の生命、健康を犠牲にする五輪開催は、理屈から言ってあり得ない」「昨春『選手、観客のために』と1年延期をIOCに提案したのは安倍晋三前首相だ。菅首相もその気にさえなれば中止、延期を実現できる」と明確に記されている。
五輪のスポンサーだから開催に反対できないのだろう――。そう言われてきた全国紙も「朝日」「毎日」は明らかに社論を転換させつつある。信濃毎日新聞のように見出しや本文で「中止せよ」と政府に迫っているわけではないが、拙稿『「東京五輪中止」の現実味をスルーする日本マスコミの病理』を公開した1月時点とは、完全に様相が異なってきた。
朝日新聞は4月30日の社説で「五輪とコロナ 冷静な目で現実見る時」を掲げ、こう記した。
「開催は決まっている。問題はどう開催するかだ」。そんな言い分はもはや通らない。冷静な目で現実に向き合う時だ。
外国の選手団を受け入れるホストタウンに手を挙げた自治体は、その準備と地域のコロナ対策との両立に悩み、海外に目を転じれば、渡航制限で五輪予選会への出場断念を余儀なくされた選手もいる。
世界から人が集い、交流し、理解を深め合うという五輪の最も大切な意義を果たせないことが確実になるなか、それでもなぜ大会を開くのか。社説は明らかにするよう求めてきたが、政府からも主催者からも説得力のある発信は今もってない。
「開催ありき」の姿勢が随所に不信と破綻(はたん)を生んでいる。
よく知られているように、朝日新聞社と読売新聞社、毎日新聞社、日本経済新聞社は、東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルパートナーだ。産経新聞社と北海道新聞社はオフィシャルサポーターに名を連ねている。その1つである朝日新聞が「開催ありきの姿勢は破綻」していると主張したのだ。
朝日新聞社などのスポンサー企業は、いずれも億単位の資金を提供している。東京五輪が中止になれば、経営的には痛手だ。そのため、世間には「大手紙はスポンサー企業だから五輪反対を主張できないのだ」という厳しい目線も注がれてきた。実際、4月下旬ごろまでの両紙には、社説にもニュース面にも視点の明瞭ではない、何を伝えようとしているのか判然としないものが多かった。
そうした姿勢に業を煮やしたのか、慶應義塾大学の山腰修三教授は、5月14日のオピニオン欄で「ジャーナリズムの不作為 五輪開催の是非、社説は立場示せ」という論考を寄せ、「この段階に至るまで、主流メディアは『中止』も含めた開かれた議論を展開したとは言い難い。例えば、5月13日現在、朝日は社説で『開催すべし』とも『中止(返上)すべし』とも明言していない。(中略)社説から朝日の立場が明確に見えてこない」と批判した。
同じスポンサー企業の毎日新聞は5月23日の社説で、国際オリンピック委員会(IOC)要人の発言に言及しながら次のように記した。
主催者側は開催ありきの姿勢で、IOCのジョン・コーツ副会長は緊急事態宣言下でも開催可能と明言した。感染リスクをだれが評価するかもはっきりせず、国民との溝は広がるばかりだ。
「安全・安心」と強調するのであれば、政府や組織委、IOCは専門家の知見に基づく根拠を明確に示さなければならない。具体的な説明がない限り、内外の理解を得ることはできない。
世論調査などで示される圧倒的な「五輪反対」の声に押され、各紙の社論は大きく変わったのだ。
新聞の社説は確かに、かつてほどの影響力を有してはいない。しかし、今後も五輪開催に疑義を唱える論説が増え続け、加えて明確に「中止」を求めるようになれば、様相は相当に違ってくる。信濃毎日新聞の「政府は中止を決断せよ」は、その第一歩になるだろうし、実際、後に続く者は次々と現れている。
信濃毎日新聞の社説から2日後の5月25日、沖縄タイムスは「『宣言下でも五輪開催』 強行すれば首相退陣だ」と題する社説を掲載した。また、九州のブロック紙・西日本新聞は「東京五輪・パラ 理解得られぬなら中止を」という社説を掲載。中止を求める姿勢を鮮明に打ち出し、こう書いた。
各種の世論調査が示す通り、東京五輪・パラリンピックの開催に多くの賛同は広がるまい。国民の理解と協力が得られないのであれば、開催中止もしくは再延期すべきである。
改めて言う。できるものなら、五輪を開催したい。鍛錬を重ねてきた選手たちの成果を見たい。支えてきた人たちの努力もたたえたい。しかし、多くの課題を積み残し、不安や疑問が解消されないまま開催を強行すれば、禍根を残すことになりかねない。
IOCのバッハ会長は、コロナ禍では「誰もが犠牲を払わないといけない」と述べた。国民に重い犠牲を強いてまで五輪は開催しなければならないのか、と私たちは問いたい。
潮目は変わったのだ。
◇ ◇
本稿校了後の5月26日、朝日新聞は朝刊社説で「夏の東京五輪 菅首相に中止の決断を求める」と打ち出した。
社説は「そもそも五輪とは何か。社会に分断を残し、万人に祝福されない祭典を強行したとき、何を得て、何を失うのか。首相はよくよく考えねばならない。小池百合子都知事や橋本聖子会長ら組織委の幹部も同様である」と中止を迫った。
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