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ジョージ・フロイド氏殺害から1年に思う~黒人の命が重くなる日は来るのか

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

 5月25日は、2020年にミネソタ州ミネアポリスで警官によって殺害されたジョージ・フロイド氏(当時46歳)の一周忌だった。今さら改めて説明の必要もない、BLM(ブラック・ライブス・マター)運動のきっかけとなった、黒人に対する警察の暴行事件から1年がたったのである。

ジョージ・フロイドさんが亡くなってから1年となり、街を練り歩く市民ら=25日、米ニューヨーク20210526拡大ジョージ・フロイド氏が亡くなって1年、街を練り歩く市民=2021年5月26日、アメリカ・ニューヨーク

 フロイド氏が逮捕されたもともとの理由は、タバコを購入した店でニセ札の疑惑がある紙幣(それが実際にニセ札だったのかどうか、公表されていない)を使用したことだった。これに関しては、筆者も他人事ではない思いがある。

全てはニセ札疑惑から始まった

 筆者がニューヨーク州北部の全寮制の高校を卒業し、マンハッタンで一人暮らしをして間もないころのことである。アジア系(韓国系か中国系か、はっきり記憶にない)の店で買い物をした際に10ドル紙幣を出すと、それを受け取った女性の店員が、いきなり「Counterfeit!!(ニセ札だわ!!)」と大声で叫びだしたのだ。

 ご存じのように、アメリカの紙幣は、日本の紙幣に比べてとてもシンプルである。手嶋龍一氏の『ウルトラ・ダラー』という、ニセ札製造にまつわるセミドキュメンタリーの名著があるが、印刷が単純で国際的価値の高い米ドルは、ニセ札ビジネスのターゲットにされてきた。実際、市場でも、ニセ札はかなり出回っている。

 さて目の前でいきなり「Counterfeit!!」と叫ばれ、私は何が起きたのかとっさに理解できずにぼんやり立っていた。「Counterfeit? それって確か、『ニセ札』のことでは……」と思い当たったが、当然自分が偽造したわけではないので罪悪感もなかったし、慌てることもなかった。本当にニセ札なら、つかまされた私も被害者だ。

 すると奥から年配の男性が出てきて、叫んでいた女性に何かを言って落ち着かせた。そしてお札を改めて見ると、黙って私にお釣りを出してくれた。

 あれが本当にニセ札だったのか、彼女の勘違いだったのか、未だにわからない。もしニセ札だとしたら、なぜ受け取ってくれたのか、これも未だに謎だ。

 こちらの銀行の窓口で入金するときにニセ札が混ざっていると、あっという間に没収されると聞いた。当然その損害分は、自分が被ることになる。自分がニセ札を作ったわけではない。自分は悪くないのに、$20や$50があっという間に消滅するのは何とも納得がいかないではないか。ババ抜きのババをつかまされたのと同じだ。

 フロイド氏はパンデミックで職を失い、生活に余裕があったわけではないだろう。そして彼は決して聖人君子ではなく、過去に強盗の前科もあり、薬物使用歴もあった。運悪く回ってきたババを、早くどこかで使ってしまいたいという気持ちがあったのかもしれない。

 でも自分の命を$20と引き換えにするつもりは、毛頭なかっただろう。


筆者

田村明子

田村明子(たむら・あきこ) ノンフィクションライター、翻訳家

盛岡市生まれ。中学卒業後、単身でアメリカ留学。ニューヨークの美大を卒業後、出版社勤務などを経て、ニューヨークを拠点に執筆活動を始める。1993年からフィギュアスケートを取材し、98年の長野冬季五輪では運営委員を務める。著書『挑戦者たち――男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で、2018年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。ほかに『パーフェクトプログラム――日本フィギュアスケート史上最大の挑戦』、『銀盤の軌跡――フィギュアスケート日本 ソチ五輪への道』(ともに新潮社)などスケート関係のほか、『聞き上手の英会話――英語がニガテでもうまくいく!』(KADOKAWA)、『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)など英会話の著書、訳書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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